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ゆっくりと忍ぶ結末へ

 日々はどんどん過ぎていく。


 まだあんなにもある、そう思えていた夏休みはあまりにも早く日めくられ、長いなぁと思えていた八月のカレンダーは、あまりにも呆気なく一週間の列を下へ下へとズラしていく。考え事をしていたからかもしれない。なんとなく眠れない日があって、不規則な生活を送ってしまったから、時間や日時の感覚が狂ってしまったのかもしれない。だから、たまに現実へと戻り机に向かうも課題は捗らず、他にもやらなければならないことは山積みのはずなのに、手応えもない無気力な日々だけが流れていった。


 気がつけば夏休みが終わるカウントダウンが始まっていた。


 そんな八月二十四日。それまで沈黙を貫いたスマホのLINEアプリが、音を鳴らす。



――明日の花火大会行かない?



 日向舞からだった。いつもなら、勝手に時間と場所を指定し、いつの間にか予定の中に俺を勝手に組み込んでいた彼女が、初めて行くか行かないかを俺に聞いてきた。


 答えなど、聞かずとも分かるくせに。


――行かない。


 どの面下げて行けばいいというのか、どんな態度で臨めというのか、むしろどんな格好で行けばいいのかも知らんし、花火大会など何を楽しみにすればいいのかも分からない。俺は基本的に人混みが嫌いだ。帰りだってきっと電車もバスだって座れない。「すごかったねー花火」なんて感想を言い合いながら帰宅をも楽しむ未来すら想像出来ない。


 そんな言い訳などいくらでも出来る。だが、俺が行きたくない本当の理由はそれじゃない。


 行きたくないのではない。それはきっと、会いたくないのだ。


 だが、そんなことなど書けるはずもないから、全てをその一文に込めて送り返した。


 なのに。



――これで最後にするから。



 それすらも伝わった上で返ってきた言葉。それに俺は脱力した。


 何処の花火大会かと聞けば、米軍基地と隣接する公園が会場となる花火大会だった。

 花火大会は人が多く集まる。故に、離れたもう一つの場所でも同じように花火大会が開催される。ロックフェスと同じだ。人が多く集まりすぎないよう、同じ日に別々の会場で違うフェスが開催されるのと同じ。だから、フェスに行く人は見たいアーティストを絞り、どのフェスに行くのかを決めるしかない。そして、そんなフェスでもだいたいステージが三つあって、やはり人が集まりすぎないように人気が同じくらいのアーティストを時間が被るようにわざと配置するのだ。……そんなことをするから、まだライブ途中だというのに、別ステージのアーティストを見るために移動する人々が現れる。あれってステージ上で歌う彼らからすれば悲しいだろうなぁ……なにせ、どんどん居なくなっていく人たちを目の当たりにしてしまうのだから。しかも、その理由がちゃんと分かっているだけに、文句を言うことも出来ない。そして、残酷にも移動する人々からは「盛り上がる人気のある曲は早めにして欲しい」と威圧的視線を送られる。そうやって人気のある曲をつまみ食いして、また別のアーティストの所へと行きたいのだ。


 だが、多くのライブがそうであるように、やはり盛り上がり人気のある曲というのは、だいたい最後に持ってこられる。きっとそこには、アーティストたちの復讐にも似た何かがあるのかもしれない。最後までステージに残ってくれた人たちに対するご褒美でもあるのかもしれない。そしてだからこそ、最後までそこに居続けた人たちは「移動しなくて良かった」と思えるのかもしれない。


 それは俺の想像に過ぎない。


 だが、いつもいつだって俺はそんなことばかりを思ってしまうのだ。


 そして、そんなことばかりを考えていたから、俺は悩んだあとに「分かった」などと、彼女の願いを聞き入れてしまった。


 最後にする、そう返してきた彼女に同情してしまったのだろう。それでも断った彼女の顔を……気持ちを考えてしまったから、俺にはそれが出来なかった。


 どうやらりんちゃんも来るらしい。というか、たぶん俺とりんちゃんを会わせることこそが目的なのだろう。きっと、あの合宿の終わりでは納得出来なかったから、やはり彼女は望んだのかもしれない。


 終わりらしい終わり方というものを。


 そんなもの、願ったところであるはずもないのに。


 それを分かっていても、俺はそれを聞き入れてしまったのだ。まったく、馬鹿がつくほどに甘いと思う。……俺は甘いものが苦手だ。甘いものを食べて幸せになれる奴等の気が知れない。そんなことで幸せになれるなら、是非そうありたい。だが、実際はそうじゃない。


 だから、俺が期待しているのは、きっと甘いことなんかじゃない。それはたぶん口直しに似たなにか。


 彼女たちとの関係を後腐れないように出来るなにか。


 彼女の告げた通り、これを最後にするための……なにかだった。


 

――そして。



 八月二十五日の午後六時。その公園に一番近い駅前の広場。浴衣を着た女性が多く、カラカラと下駄がコンクリートを鳴らす音は絶えない。何を入れているのか、巾着袋をぶら下げるその姿は虫暑い空気に溶け込んでいて、こんな日ですらスーツ姿で帰宅しているいつものサラリーマンたちの方が浮いて見えていた。


 そして、彼女たちはきたる。


「……お待たせ」


 控えめに、奥ゆかしく告げられた言葉に振り返れば、そこにはやはり浴衣姿の二人がいた。


 日向舞と翔鶴りん、そのどちらもいつもとは違った雰囲気を出していた。それに固まって何を言えばいいのか分からなくなったのは、たぶん浴衣の魔力のせい。


「久しぶり、だね」


 いつもなら少しハイテンションなはずのりんちゃんですら、弱々しくも儚げに映る。それでも、りんちゃんは真っ直ぐに俺を見つめていて、あの日の事から何とか立ち直ろうとする努力が垣間見えた。


「お、おう」


 なんて返ししか出来なかった。だが、そもそも上手い返しなんて出来るはずもない。


 俺がそんな上手い返しなど出来るのなら、きっとあの日ですらあんな終わり方をするはずもない。


「じゃあ、行こっか」


 髪を結んで整えている日向舞が告げる。それにおとなしく従う。花火が打ち上がるのは八時から。まだ夕暮れの橙色が辺りを射していて、町中の雑多な臭いが漂っている。


 そんな中を、ゆっくり公園に向かい俺たちは歩く。会話はない。ただひたすら目的地へと歩くだけ。


 まだ始まってすらいないのに、そこには終わりへと向かう雰囲気だけがあった。その終わりに備え、必死にもがく心中が滲んだ。


 だが、そんな気持ちの先には何もなくて、動かす足だけが急かすように早まろうとする。


 それを誤魔化すように敢えてゆっくりと歩いては、無意識にまた早まっていく。


 花火大会を楽しみにしている会話が周囲を取り巻いていた。


 ゆったりとした時間の中に、残酷な色が紛れ込んでいた。


 その潜む悪を振り払うように、ただ歩くことだけに集中した。


 前を歩く二人のうなじを見つめる。そこには、繊細で清楚な女性特有の魅力が放たれていて、まるで俺が二人とは無縁のようにも思えてくる。だが、俺が付いてきてるのか時折チラチラと振り返る顔と瞳が、俺に訴えかけるのだ。


 無関係ではない、と。


 日は傾いていく。気温が少しずつ下がっていく。


 それと反して、見えてくる公園は賑やかにも蘭々とした光が踊っていた。


「――花火って何時からだっけ」


 そんな会話が斜め後ろあたりから聞こえた。それに答えるはずもない。もちろん、無関係だから。


「良い場所取れるといいねぇ?」


 だが、振り返って問われた日向舞の言葉には何かしら答えるしかない。もちろん、無関係ではないから。それにどう答えて良いか分からないのに、何かしらの反応を示さなければならない。


「まぁ、この辺りならどこからでも見えるだろ」


 正解ではない返し。だが、間違えではないのであろう安易な返し。


 そうやって、なんとなく花火大会を楽しみにする俺を精一杯演じる。


 そんなことをして何になるのか。そんな思いが頭を過るのだが、知らんぷりを決め込む。



 ゆっくりと、慎重に。



 なにも間違えないように、俺たちは会場へと進んだ。

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