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それでも彼女は求め続ける

 バスのロータリーで、皆と合流する。

 誰もが、俺が彼とどんな話をしたのか知りたい様子ではあったものの、当然それを俺から言うことはなく、彼もどんな内容なのかを臭わせることもなかった。ただ、行きと同じで陽気なお父さんを演じ続ける彼は、最後までそれを貫き通したのだ。


 帰りバスだが、たしか俺は金剛さんと座る予定のはず。だが、彼女はそれを忘れたみたくりんちゃんと座ってしまい、霧島は瑞鳳と座ってしまい、残された俺は日向舞と座るしかなかった。


 なんとなく、後味が悪い。だが、それも仕方のないことなのかもしれない。


 バスが動き出しても会話など殆どない。疲れている、というのも勿論あるだろうが、何故だか底知れぬ陰鬱な空気だけが拭いされない。


 誰もが、たぶん何かを考えていたんだと思う。それは誰かに相談するようなことじゃなく、たぶん自分で考えなければならないことだと分かっていたのだろう。……だから、みんな話をしないのかもしれない。


 それでも、近くにいればやはり何かしらの言葉は交わされてしまう。そしてそれが分かっているから、金剛さんは俺を避けたのかもしれない。


「天津くんは……本当に、何もせず終えるつもりなのね」


 ポツリと放たれた日向舞の言葉。


「何も? 俺はやれることはやり尽くしたがな」

「そういうことじゃなくて、本当にこのままでいいのね? ってこと。こんな……わだかまりの残ったまま」

「違うな」


 それを、俺はキッパリと否定してやる。


「これはわだかまりなんかじゃない。ハッキリとさせた結果だろ。それをわだかまりにして、もっと善い未来を望むのは傲慢だ」

「でも……さ」

「これ以上俺が何かをすれば、それは絶対に今よりも現状を悪化させてしまう。あれと一緒だ。怒ってる相手に対して笑わせようとするのと同じ」


 怒らせてしまった相手に対し、現状が全然見えてない奴等はその相手を薄く卑劣なやり方で笑わせようとすることがある。そうやって無理やりな笑顔を作らせて「はい、笑ったー。怒ってないね」を強要するのだ。そんなことをしても怒りなど収まらない。むしろ、そんなやり方に嫌悪してさらに怒ってしまうだけ。それは小学生の頃が顕著。彼らは強引に笑わせた後にいつも言うのだ。「笑っちゃってるじゃん」、と。まるで見下すかのように。


 今の後味の悪さは俺が作り出してしまったものだ。それを俺がどうにかしようというのは、まさにそれに近い。俺が「みんな仲良く合宿終わらせよう」などとしてみたところで、本当にそうやって終わるはずもない。きっと、みんな仲良い風を振る舞うだけ。形だけでもそうやって、苦味を隠そうとするだけだ。


 そんなことを望んで行った合宿じゃない。だから……これで良かったのだ。


 人はずっとは怒ってられない。時間が経てば、その怒りはどうしたって自然と鎮まってしまう。それと同じように、俺も何もすべきではないのだ。ただ、待てばいい。時間が解決してくれるのを待つしかない。そして、それが出来ると俺は確信している。


 りんちゃんも金剛さんも霧島も瑞鳳だって、もはや誰かが助けてやらなくても、救ってやらなくても自力で何とかしてしまう。


 それを俺は信じてるのだ。


 そして、それが分かってないのは日向舞だ。彼女は未だに考えているのだろう。どうにかしてやらなきゃ、と。


「安心しろよ。これ以上なにかしなくたって、俺もアイツらも大丈夫だから。もう、お前に出来ることは何もない」


 それを彼女に告げるのは残酷なようにも思えたが、言わないわけにはいかなかった。


「本当に……何もないのかな。これで本当に良かったの?」


 それでも彼女は問い続ける。もう俺は答えを出してしまったから、それに答えることもない。


「私は……どうすれば良かったのかなぁ……」


 彼女のほっそりとした指が、窓に白い指紋痕を着けた。艶やかな窓の眺めに浮かぶその汚れ(・・)は、過ぎ行く景色にしっかりと……いつまでも残される。


 何もかもが終ってしまった空気の中で、日向舞だけが浮いているように思えたのだ。


「結局、私は天津くんに勝てなかったんだね」

「……ゲームの話か?」

「それもあるし、いろんなこと含めて」

「ゲームの話なら実質俺の勝ち逃げみたいなものだ。それに、それ以外の事を考えてもお前は負けてないと思うがな」

「でも、それは私が望んだことじゃなかった」

「望んだ通りにいくことが勝ちなら、だいたいの奴等は負けてるぞ」

「それでも……私は納得しないもの。あなたみたいな人がいるなんて……思いもしなかった」

「それ、もしかしてディスってます?」

「被害妄想よ、それ。私は褒めてるの」


 そうして日向舞は会話を終わらせる。もう、そのことについて議論することは無駄だった。


 ただ、最後に彼女は呟く。



「もっと……いろんな考えを知りたい。そしたらきっと……」



 どうすることも出来なかったから、納得出来なかったから、彼女は求め続けてしまうのだろう。そして、その気持ちを昇華するには、やはり彼女なりの答えを見つけるしかない。だから、彼女はそう呟いたに違いない。こんな結末でも、納得出来てしまえる思考を欲したのだろう。


 その後、彼女は俺とは喋らずに鞄から様々な海外旅行の雑誌を取り出して見ていた。そういえば、合宿前に言っていたな。夏休みは、そういった旅行で予定が詰まってる……と。


 だが、そんな雑誌の中でも、日向舞が読んでいたのは少しだけ違うものだった。

 それをチラ見して俺は驚いてしまう。


 それは、海外留学エージェントの資料だったから。


 その時に「留学でもするの?」と俺が聞けていたなら、きっと話はここで終わったに違いない。だが、俺は聞くことが出来なかった。それを言えば……まるで俺が、彼女に留学して欲しくないみたいな気がして。


 それに、俺は無意識のうちにたかをくくっていたのだろう。彼女がもしもそのつもりなら、絶対俺に話してくれるだろうと勝手に思っていたのだ。


 そんなこと、絶対ではないのに。


 そして、何故そんなことを無意識のうちに思ってしまったのか。俺はそこに違和感を覚えるべきだったのかもしれない。


 だが、俺はそれにすら知らんぷりを決め込んだ。


 時間が経てば全てが解決してくれる。それが一番良いことだ。

 そう思い込んでいたのかもしれない。


 時間は有限ではなく、今この瞬間にも、カウントダウンは進行している。社会心理的モラトリアムなどという、意識高そうな勘違い系のものにそれを当てはめるつもりもない。ただ……そういった、空白でありながらも、気休めとも言える時間を欲しただけだ。


 そして、実際はあまり時間など残されていなかった。


 だから、誰もがそういった喪失感を埋めるため、無力なままに焦るしかない。


 その焦りは不完全な結果を生み出し、早計さは最悪をもたらす。だが、慎重にじっくりと事を運べるほど十分な知識も経験もなかった俺たちが、そこに至ってしまうのは無理からぬことだったとも思える。


 全ては必然だったのだ。


 そう解釈しなければならぬほどに、俺たちは未熟でもあった。


 もはや止まれない、止まることなど出来はしない。


 その先にあるものなど、やはり目にすることでしか知ることは出来ない。


 時間は残酷なほどに淡々と刻まれていく。それを元に戻すことなど出来はしない。


 それを分かっていても俺たちは何もしない。


 カツオ君は分かっていても、宿題に取りかかろうとはしない。


 だが、彼は毎年ちゃんと宿題を終わらせてしまう。恥もプライドも捨てて、弱味を晒けだし誰かに懇願するから。


 そうして何とか形だけでも終わらせるのだ。


 宿題とは提出するまでが宿題である。帰るまでが遠足であるように、何事も元に還るまでは油断してはならない。


 俺は油断していたのだ。


 全てやり終えた気になって、安堵していた。 

 

高校生の時、私は寮生活を送っていましたが、夏休み最終日に机の上に用意していた課題を盗まれたことがありました。もちろん、課題を提出することなど出来ず、教師からは「もっと上手い言い訳持ってこい」的な視線。


それから提出物の名前記入欄には、全てボールペンで書くようになりました(笑)


というわけで、次は提出への夏祭り回になります。話数は五話くらいですかね。それを以て今作品は終わりとさせて頂きます。

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