ゲームの結末と問われた資格
「あー……」
声が掠れている。視界がボヤけていて、頭もシャッキリしない。そんな中、俺はゲームのコントローラーを握っていた。
「さすがに眠いわね……」
隣に座る日向舞も眠そうだ。窓から差し込んでいる光は強い。そして、テレビ画面からの光すらも攻撃的に思えた。だから失明でもしたかと思ったら、ただ瞼が閉じていただけでした。むにゃむにゃ。
始める『わらしべ電鉄』。その画面は、昨日の続きから。そして、りんちゃんと金剛さんのターンはオート機能に設定。
起きているのは俺と日向舞だけ。みんな疲れてまだ寝ているのだ。そんな中で、俺たちだけがゲームを終わらせる為に起きだしていた。
そして、俺の中では作業になりつつある土地のレベルアップを黙々と続けるだけ。そうしていれば、俺の勝利が揺るぐことはないだろう。
続きはゲーム内時間十一年目から。
そして、十二年目が過ぎた時にそれは突然起こったのだ。
『なんと! プレイヤー日向さんの技術力を見込んで、海外から鉄道事業開発の依頼が舞い込みました! プレイヤー日向さんは、この依頼を受けますか?』
「……は?」
「……なに、これ」
技術力。それは安全な運行をするために欠かせない要素ではある。これが高めると、事故を起こす危険性が低く、現れる『暴走列車』を点検するターンも少なくなる。しかも、高めればりんちゃんのように新幹線を開発することも出来たもの。
ただ、日向舞はこれまで北海道という積雪被害が多い舞台を進めてきた為に、どうしてもそれを高める必要があっただけだ。技術力だけ見れば、日向舞だけがあまりに突出していたのは確か。
だが、そんなイベントがあるとは予想もしていなかった。何故なら、あくまでも舞台は日本だけだったから。
「海外進出なんて出来るのね? ……しかも、資金は全部向こう持ちか」
受けないわけがない。そして、この事により、日向舞には『海外の鉄道利用客』が加算されることとなった。
「……なに、この増えかた」
その利用客の増えかたは尋常ではなかった。画面には日本というマップしか映っていないのに、その画面外にある海外の利用客が日向舞のグラフに加算されていくのだ。映ってないものなど止めようがなく、そして、その数は雪だるま方式に増えていく。
「おいおい……それ反則じゃねぇの」
それまで日向舞の総利用客数は圧倒的底辺だったのに、ターンを終えるごとにグングンと伸びていく。
為す術はない。止められるカードもない。何故なら、日向舞に加算されている利用客は画面に映ってないからだ。
だから、俺は日向舞を蹴落とすのではなく、ひたすら自分の利用客をあらゆる手段で増やし逃げきるしかなかった。
『カード:鉄コン』
それは、鉄道合コンというイベントカード。電車内で合コンが行われるという異色のイベントカードであり、ここでカップルが誕生するとそのまま彼らが沿線に住まいを構えるため、利用客になるというカードだ。カップル成立確率は二十パーセント。リスクはないが成功しても大きな増加にはならない……が、使わないよりはマシだ。
『カード:鉄道博物館』
それは、沿線に自社の鉄道博物館を建設し、利用客数を増やすカード。休日の利用客数が少しだけ増える。
『カード:大学設立』
大学をつくり、沿線に独り暮らしをする学生を増やすカード。
『カード:運賃値下げ』
収入は減るものの、他社線よりも安い運賃にすることによって利用客を増やそうとするカード。
ゲーム内時間は十四年目に突入。これが最後の年になる。俺はありとあらゆる手段を用いてなんとか利用客を増やした。そうしなければ、日向舞に抜かれてしまうから。
既に、第三位だったりんちゃんは日向舞の利用客数に抜かれており、金剛さんの利用客数さえも射程範囲内。しかも、日向舞の利用客数はまだまだ増加傾向にある。それを反則と言わずして、なんと言うのか。
もはや、行える手段は全て行使し、やれることも全てやった。
やがて。
『十五年目、四月。しゅーーーりょーーー! お疲れ様でした! ここでゲームは終了となります! それではドキドキの結果発表ですねっ!』
ようやく、長かったゲームが終わりを告げた。
第四位はりんちゃん、そして第三位は金剛さん、そして。
『ドコドコドコドコドコドコドコドコ……ダダンッ♪ 二位は――プレイヤー日向さんです! そして一位は……おめでとうございます! プレイヤー天津さんでぇーす!!』
なんとか逃げ切りに成功した。画面に映された詳細を見てみると、俺と日向舞の利用客数は僅差であり、グラフだけ見ればほぼ並んでいた。
「もう少しだったのになぁ」
悔しげに彼女が漏らした。あと二ターンか三ターン続いていれば、間違いなく俺は負けていただろう……。ゲーム内時間に救われた。日向舞には時間が足りなかったのだ。
「あっぶねぇな……というか、後半巻き返し過ぎだろ……」
「私も諦めてたのにね。まさか、二位まで浮上出来るなんて思ってなかった」
軽快なエンドミュージックが流れる画面では、それぞれのプレイヤーの年表を見ることが出来る。そこには、特殊イベント発生の条件などもちゃんと説明されていた。
『海外進出。発生条件:技術力MAX、一つのエリア独占、無事故実績十年、他プレイヤーへの妨害数ゼロ』
日向舞は、知らずのうちにそれを満たしていた。どんなに最下位であっても、諦めずゲームをコツコツとやり続けたからこそ、発生したものだったというわけだ。
「なんにせよ……終わったな」
「そうね……」
そうして、最後のボタンを押すと、画面はもはや懐かしくも感じられる最初の画面に戻った。
そしてコントローラーを置くと、急に疲れを感じた。時刻は午前十一時。あと一時間程で迎えの車がやってくる。帰り支度をしなければならない。
……のだが。
「三十分だけ……寝させてくれ」
俺も日向舞も息絶えるように崩れ落ち、絶対に三十分では起きないであろう深い眠りに呑み込まれてしまう。
達成感などはなかった。あるのは疲労感だけ。ただ、まどろみの中で感じる確かなものだけは……そこに在るような気がした。
結局、俺たちは送迎車のエンジン音がするまで起きることはなかった。それに飛び起きた俺と日向舞は、急いで皆を起こして帰り支度も急いで行う。皆眠そうで、身支度も未完成のまま取り敢えず庭に出た。
送迎車は二台来ていた。
「なんだなんだ……もう昼だっていうのにお前たち、まさかギリギリまで寝てたのか?」
二日ぶりの声。やはり額にあるサングラス。彼は、ボロボロの俺たちを見て呆れたような表情をする。
そして、彼の横には少し若そうな男がもう一人いた。
「すいません……掃除とかも出来てなくて」
「いいよいいよ。後で業者に依頼しておくから」
謝る日向舞に、彼は優しげに笑った。隣の男も同じように笑っている。格好は至って普通。もう一つの車を運転してきたのは彼なのだろう。
「それじゃあ、早速だけど……答え合わせしようか。天津くん?」
そうして彼は、俺に目を向けてくる。不敵で自信に満ち溢れた笑み。
彼は、俺に資格がないと言った。その資格とは何なのかを俺に問うた。そして、それが不正解だった場合、車には乗せないと言った。そのための二台なのだろう。なんとまぁ、律儀なことだ。
彼が言う資格。それは、何となくだが分かった気はする。そもそも、俺は彼と一言、二言しか会話をしていないのだ。原因がそこにあると考えれば、おのずと答えは狭められる。
きっと俺は相応しくなかったに違いない。この別荘、二日過ごして分かったが、やはり並の別荘じゃない。間違いなく真のお金持ちが有しているソレだ。プライベートビーチも、いろんな設備も、快適に過ごすために用意されていたそれらは、無償で使わせてもらうにはあまりにも不釣り合いであったことは間違いない。
それをさも当たり前みたく、特別な感情すらなく、俺は『ただ巻き込まれた被害面』をして、この合宿も不本意ではないような雰囲気を出して臨んでいた。だから、それを見透かされたのかもしれない。
この別荘は、使わせてもらうにはあまりに整い過ぎていた。
それは、俺たちが抱えていた問題に無駄なくちゃんと向き合えるほどに。
だから、俺がここで伝えなければならないことは、誠実で素直なお礼なのかもしれない。
それを、そのまま口にしても良かった。だが、俺にはもう一つ分からないことがあった。それだけが、最後に疑問として残った。
だから、俺は彼に問いかけてしまうのだ。
「どうして行きの車に、俺を乗せたんですか?」
と。それには無言で見つめられてしまう。
「資格がなかったのなら、門前払いして良かったんじゃないですか?」
「それをしてしまったら横暴じゃないか? 俺はみんなに楽しんで欲しいだけだよ」
「それなら、何故あんなことを言ったんですか?」
楽しんで欲しいなら、わざわざ空気が悪くなるような事を言うはずがない。だが、彼はそれを口にした。明確に俺を否定するような発言をした。空気が読めなかったわけでもあるまい。なら、敢えて読まなかった可能性が高い。
否定、拒絶、嫌悪。それらは明確であれば在るほどに相手を傷つける。傷つけるのは快く思っていないから……自分にとって傷つけても良い相手だから。
だが、それを敢えてする者もいた。
それをしても、相手が立ち直るであろうと信じているからこそ、時に人はそれを選ぶ。俺がりんちゃんと金剛さんを振ったのは、それに近いことではあった。
それを『優しさ』と呼ぶのなら、あまり俺は好きじゃない。だから、それをするしかなかったのなら、俺は最後まで誤解された悪役でいたい。
よく教師が答えを求めた生徒に対して『自分で考えなさい』と、答えを曖昧にして考えさせることがある。だが、実際それはあまり意味がない。何故なら、考えた結果分からないからこそ彼らは答えを欲しているのだから。
それは教師たちのエゴだ。『生徒には考える力を付けさせてやりたい』、これは逆に言えば、彼らが断定してしまっていることになる。『生徒には考える力がない』と。だから、彼らが悩みに悩んで、考えに考えて答えを求めたのに、それを安易に突っぱねるのだ。それは、教師たちのエゴを満足させる為のものでしかない。
だから、そんな優しさは嫌いだ。
彼は俺に猶予を与えた。彼の思う資格とは何かを俺に考えさせた。だから、きっとそれも彼の優しさなのかもしれない。そうでなければ、彼が俺を行きの車に乗せてくれるはずがない。
試練とは与えてやるもの。そんな見え透いた彼らの考えなど糞喰らえだ。馬鹿か。そんなもの与えてもらわなくたって、誰もが何かしらの試練をいつもいつだって抱えているのだから。
「……それは、答える気がないと捉えていいのかな?」
「答えて、それが正解だと褒められるのも、違うと説教食らうのも嫌なんですよ」
「なら、天津くんは皆とは別の車に乗ってもらうことになる。俺は君がこのメンバーと共にいることは相応しくないと見ているからね」
「構いません」
「天津くんっ!」
日向舞が叫んだが、俺はそれを無視する。行きで乗った車の後ろに軽自動車が停まっていた。それに乗れば良いのだろう。わざわざ俺専用の車を用意してくれるあたり、彼はやはり優しいのだろう。
「んじゃあ、ほれ。これが鍵な」
だが。
彼は自分が運転してきた鍵を、隣の男性に渡した。彼もおそらく軽自動車の鍵であろうそれを、代わりに渡す。
そして、彼はそのまま軽自動車の運転席に乗り込んだのだ。
「ほら、早く乗れ。生意気な天津少年」
「は……? 運転はあの人がするんじゃ……」
「俺は、不正解なら『俺の車』には乗せないと言っただけだ。なにも、『俺が運転する車』に、とは言ってない」
狐にでもつままれたような気分になる。その表情に彼は、満足げに笑った。
「じゃあ二人で、答え合わせでもしてやるか」
他の皆も、訳が分からないという表情。俺はそれに、分かりやすく怪訝そうな表情をするしかない。
なんだよ、それすら見透かしてのことかよ……。
俺は皆とは別の軽自動車に乗り込む。皆は行きと同じ車に乗り込む。ただ、運転手だけは俺だけ行きと一緒。
悔しさだけが滲んだ。なんとなく、俺はこの人にしてやられた気分になったのだ。
そうして二台の車は、ゆっくりと別荘を離れた。