日曜日は上々の出だし
こういう回が書いてて一番楽しいな……
日曜である。俺はどうやらこの日を無事に迎えてしまったらしい……。
集合は駅前の広場に午前九時。定番と言えば定番の集合なのだが、俺にとっては全く定番ではないため、どの位置にいていいのか分からなくなった。スマホを取り出してもう一度確認する。
――午前九時に駅前の広場で!
うーむ、もっと詳しく聞いておくべきだった。駅前の広場はわかるが、広場といっても抽象的すぎるのだ。駅前の広場のどの辺りか、どこで待っておけばいいのか、もっと言うなら下を覆うタイルのどこか、何かを基準にして東に何歩・北に何歩とか、具体的な座標的なものがあるとベスト! ……宝探しかよ。
そんな一人漫才をするくらいには動揺していた。あぁ……隅っこの柱で寄りかかっていたい。
「おはよう天津くん」
そんな声にビクッと振り向くと、霧島海人が爽やかな笑みを浮かべていた。
「おぉ……」
まさか、この俺が誰かと一緒にいて安堵する日が来ようとは。しかし、堂々たる姿で迷いなくそこに立つ霧島は、今の俺にとって頼もしく写った。
「なんか……大人だな」
たぶんそれは、彼の纏う落ち着いたジャケットと革靴のせいなのだろう。たいして俺はシャツとズボンという組み合わせ。もはや対抗する気すらおきない。唯一知識として知ってたのは、シャツinするとオタクっぽくなるからダメだということだけだ。これさえ押さえておけば大丈夫だと思ったんだが……何故だろう、霧島と並んでいるとすごく帰りたい。
「おはよー!」
しかし、退路は無情にも閉ざされてしまう。
見れば、少し離れたところから日向舞ともう一人の女子が歩いてきていた。……あいつ、自分たちだけの集合場所をもう一つ決めてやがったな。じゃないと二人揃って現れるとかあり得ないし! 唯一の救いは、それに霧島も加えられてなかったことだ。まぁ、その場合、俺だけ集合場所違うからただのイジメになるんですけどね。
「今日は時間つくってくれてありがと。部活とか大丈夫だったの?」
「あぁ、昨日試合だったから今日はフリーなんだよ。まぁ、他の部員は自主練でグラウンドにいるだろうけどさ」
おそらく、あの日以来顔を会わせてはいないはずの二人は、まるで昔ながらの友達のように会話を交わしている。……まじかよこいつら。というか霧島、お前は日向舞に気があるならもっとドギマギしたっていいんだよ?
「天津くんは……逃げなかったのね。えらい!」
霧島との対応が随分と違う気がしたが、褒められるのは悪くない。ほんと偉いよなぁ俺。ほんと……なんでここにいるんだろ俺。
見れば日向舞も霧島に負けていない堂々たる姿。というか、お嬢様感が凄い。たぶんそれは、ダークトーンのスカートであったり、その生地が高そうであったり、耳のイヤリングであったりと、その着こなしがそう魅せているのだろう。というか、なんかヒラヒラした物がなくてもそういう雰囲気って出せるんですね? 天津風渡のファッション知識がまた一つ増えてしまったよ。……まぁ、これは活用することはないんだろうけどさ。二つだけ文句を言うのなら、ジュースとかこぼしたら彼女はどうするつもりなのだろうか? それとベルトの位置少し高くね? それちゃん腰の位置であってる? まぁ、空気を読んで指摘はしないけどね!
「それでこっちが、翔鶴りんちゃん」
改めて日向舞は隣の女子を紹介した。
「あっ……あの、はじめまして翔鶴りん、です……」
言い終わる前にペコリとお辞儀。何故だろうか、その仕草の愛らしさに男として来るものがあった。
「今日は、ありがとう……ございます」
頭を上げてもなお、視線は下を追っていた。日向舞とは対称的にショートパンツにスウェット。靴はスニーカーだし着飾ってない感がして親近感がある。ただ一つ言わせてもらうなら、スウェットのサイズが少し大きい気がするぞ? ちゃんと試しに着てみたのだろうか? ……まぁ、そのゆったり感が可愛いし、逆にファッションにすら見えるからよき!
「はじめまして。翔鶴りんちゃんだよね? りんちゃんで良いかな?」
はい、霧島くん減点。初対面でいきなり下の名前で呼ぶとか馴れ馴れし過ぎるだろ。お前は人と親しみすぎた。俺が手本を見せてやろう。
「あの……はじめまして。天津風渡です……翔鶴さん」
初手で格の違いを見せつけていくスタイル。きっちりと頭も下げて、礼儀正しさをアピールしてやる。
「あの……『翔鶴』って名字、堅苦しくてあまり好きじゃないので……その、“りんちゃん”とか皆から呼ばれてる“しょうりん”とかで……お願いします」
「……」
「それと天津くん。今しょうりんは霧島くんと挨拶してたじゃない。割って入るとか、女子に飢えた男子みたいだし、普通に無礼よ」
……なるほど。これが格の違いという奴か。
「まぁ、天津くん友達がいないみたいだから許してやってね」
「大丈夫です! その……私も友達多いほうじゃないですし」
親・近・感! あれ? もしかして俺、彼女となら話が合うのでは??
「いや、少ないのと居ないのでは大違いよ? 安心してしょうりん、まだ下には下がいるから」
……あぁ、確かにそうだわ。女子の言う少しとか、あんまりって、だいたい嘘だもんなぁ。金剛さんがよく言う「私あまり可愛いくないよぉ~」と同じやつか。理解した。危うく騙されるところだったわ。
「じゃあ行こっか」
そんなことを考えている間に、霧島がリーダーシップを発揮し始める。出遅れた、と心の中で思ったが、それと同時に一つの疑問が浮かんできた。
「あれ? 行くってどこに行くんだよ」
「あぁ……天津くんには集合場所しか伝えてなかったわ。ごめんなさい」
なるほど。俺はほんとに人数合わせが役目なんですね? なんか、先日まで作戦会議とか言って、それ以上の働きを期待されていたような気もするんですが……働かなくていいならそれでいいか。
「まぁ、俺も女性をエスコートできるのはここまでなんだけどね」
そう言って霧島は、駅前に並ぶビルの前で立ち止まった。その中は巨大なショッピングモールになっていて、日曜だからか、たくさんの人が行き交っていた。え……まさかあの人混みに入るとか言わないよな?
その予感は当然のように的中し、言いはしなかったが、今度は日向舞を先頭にして彼らはそこへと入っていく。雑多とした街中から、雰囲気は一気にオシャレへと変貌を遂げる。少し浮いてみえたような気がした日向舞の服装も、ここでは絵の中の一つみたく馴染んでいく。逆に浮いていたのは俺だ。まぁ、いつも浮いてるから今さらなんだって話なんだが。
「天津くんはもしかしてはじめて?」
と、日向舞がイタズラっぽく聞いてきた。……馬鹿にするなよ?
「四階の本屋と最上階にある映画館には何度も通っている。むしろ、そこまでなら最も効率の良い行き方を知ってるな」
「自慢してるようだけど、どちらも一人で楽しめるところよね……聞いてしまった私が悪かったわ。ごめんなさい」
「いや、映画は一人で行かないぞ。何が悲しくて一人で映画なんか見なきゃいけないんだ」
それに日向舞は意外そうな表情をした。
「へぇ……さすがに映画を一緒に見る友達はいたんだ……あれ? でも、たしか友達はいないって……」
「友達はいないが家族ならいるだろ。灯台もと暗しだぞ」
「あぁ……確かに盲点だった。ごめんなさい、触れなくて良い情報だったわね」
「いちいち謝るなよ。なんか俺が可哀想な奴みたくなるだろ」
「自覚症状なしとは……もはや呆れを通り越して尊敬すら覚えてしまったわ」
げんなりとした表情の日向舞。いや、そこは家族思いの好青年だろ普通。
「な、なんか、二人は数回会っただけだって聞いてたけど、思ってたより仲良いんだな……?」
後ろから霧島が話しかけてきた。いや、お前も大概だと思うけどな。
「私は、しょうりんとこの男が会話をしてしまわないように仕方なく相手をしてやってるだけよ」
「おい、なんで俺が邪魔者扱いになってるんだよ。呼んだのお前だろ? ……それとも新手のイジメ?」
そういえば小学生の頃にあったなぁ。遊びに誘われて喜んでいったら、ただの荷物持ちにされるとか。……怖いよなぁ、子供って。無邪気だからこそ尚タチが悪い。そしてもっとタチが悪いのが、その子自身が『荷物持ち』という雑用に自分の存在意義を見いだしてしまうことだ。こうなるともはや手に追えない。大人たちからしたら友達と外で遊んでいるとしか思われないが、その実、悲惨な忠誠心がその子の心には刷り込まれているわけだ。
「天津くんの役割は……まぁ、荷物持ちかな」
あれ? やっぱりイジメですか? これ。
「まぁ、女性の買い物は多いだろうし、俺も手伝うよ」
霧島が申し出てきた。やはりこいつは困った人を放っておけない性分らしいな。だが案ずるな霧島海人。俺はあの頃とは違うのだ。
「自分の荷物くらい、自分で持つのが当たり前だろ」
その瞬間、日向舞がドン引きした表情で俺を見た。振り返れば、霧島も苦笑いしている。……いや、お前はこっち側だろ? え? ……違うの?
「あのっ……私、そんなに買い物多くないし……自分で持てます」
なるほどな。味方はりんちゃんだけか。というか、りんちゃんなら荷物持ってもいいな。むしろ、持ってあげたくなる。いや、正しくは守ってあげたくなる。
「それはさすがに男としてのプライドが許さないよ。荷物は俺が持つよ。サッカー部だけど、ちゃんと上半身も鍛えてるから」
霧島……お前は一体どっちに気があるんだ。りんちゃんポイント稼いでも、お前の目的には達しないぞ? まぁ、荷物持ちを進んで申し出たからよしとしてやるか。
「あっ……ありがとうございます!」
「そんなに改まらないでよ。別に大したことじゃないから」
「はいっ」
くそぉ……なんか負けてる気がするのは何故だろうか。そう思っていると、ツンツンと肩をつつかれた。見れば、日向舞が嬉しそうに、俺に向かってこっそりと親指を立てていた。
「やるじゃん」
「おっ、おお……」
何故か俺も親指を立て返してしまった。霧島に荷物持ちをさせたことがそんなにナイスだったのだろうか。なんか知らんが、褒められて悪い気はしないな。うむ。
あれほどまでに不安だった日曜日は、今のところ滞りなく過ぎていく。きっと、友達がいるとこうなんだろうなぁ……と俺はボンヤリ考えてしまった。そして、こんなにも平和に思える時間が、一瞬にして消えてしまうことも頭に置いておく。
それは経験による備えなのだろう。だから、たとえそうなったとしても俺は簡単にやられたりはしない。
だが、他の奴等はどうだろうか? 俺が経験したことを皆が経験してきたわけじゃない。むしろ、俺だけが経験したことの方が少数派なのだ。だからこそ、経験豊富な俺が守ってやらなければならない。その方法も、その手段も、知っているのは俺だけなのだから。
「まぁ、今のも怪我の功名だろうし、天津くんはもっといろんな事を経験した方がいいよ」
そう考え直した所で、日向舞にそう言われてしまった。
「……なんのだよ」
「教えないっ。その方が上手くいきそうだし」
「……はぁ?」
日向舞は楽しそうに笑う。その言葉は腑に落ちなかったが、楽しそうな彼女を見ていると、今のところはどうでも良いことのように思えた。