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 建国祭を数日後に控え、アーゼナル家はそれはもう、慌しかった。

 国全体が騒々しいほどの熱気に包まれる時期だ仕方がない。

 いつもは客人の相手をこなす主の母君であるレメネシア様も、ここ数日は使用人の指示のために忙しくしていらっしゃる。

 もちろん、主に至っては連日深夜の帰宅、早朝に屋敷を出ている有様。

 ……とはいえ、それらは全て使用人仲間からの伝え聞きにすぎず、言われてからユギエレムスト様にお会いしてないことに気付いたほどだ。

 そして、今いるのは担当している秋の庭ではなく、屋敷で一番の美しさとも言われる春の庭。盛りを終え、また次の春に向けての準備を進めるこの庭はとても広く、手がかかる。花がらを摘み、肥料を与え、種類によっては選定に植え替えもしなければならない。

 多くの人数が使われるこの庭に呼ばれたのは、単純に、秋の庭でお茶会が開かれているからに他ならない。

 どれだけ忙しかろうと表面上は優雅に交流や親睦と呼ばれる腹の探りあいをするのが貴族だ。レメネシア様はそれはもう、優秀だそうで、そこからの情報を主様も重宝されているとか。

 そんな場所に、現在秋の庭は使用されている。

 秋の庭からどのような印象を受けたのか、庭師としては少々気になるが、大丈夫であると思いたい。

 薬学の神とまで言われた初代国王が作った国だけあって、庭はとても重視される。それどころか、庭の価値が家の価値になりかねないとさえ言えるだろう。

 もちろん、主の評価にまで影響するのだから、どれだけ重要か。必然的に庭の管理への力も入る。

 とはいえ、ここは人が多い。いつも一人でいるのとは違い、人の声がする。

 落ち着かないわけではなく、むしろ新鮮なので手伝いの時は時折耳を傾ける。屋敷の外の様子を知るにはちょうどいい。

 今回は建国祭の話題がほとんどだけれど。

 あの店が出店をする、パレードにあんな人が出る。そういった話題はよくわからないのだが、その浮かれた調子は聞いていて楽しい。

 特に行きたくなるわけではないけれど。

 一応、建国祭のときは庭師も全員休みではあるのだが、過去に行ったことは一度もない。

 やはり顔を出さずに外に出るのは少々難しい。

 そして、外に出ることにさほど興味はない。

 もしかしたら幼い頃なら行きたいと思ったかもしれないが。

 建国祭のときの思い出といえば祖父がずっと一緒に遊んでくれたことなので、興味は薄かったのかもしれない。もしくは、行きたいと思わせないように祖父が手を尽くしてくれたのだろう。そのあたりはもう感謝するしかない。

 ずっと庭師として生きていた祖父にとって子守はどれだけ大変だったことか。

 そんなことを考えながら、ぱちん、と咲き終えた花を切り落とす。


「そういえば、この前知り合いがユギエレムスト様を見かけたらしくて」


 ふいに、聞き覚えのある名前が掠めた。

 少し離れたところで作業している庭師たちのようだ。


「なんでもモセリス家のご令嬢と一緒に歩いてたとか」

「あの名家のお嬢様か。でも確か今回の建国祭のパーティーはスレンドッツ家の末娘をエスコートって噂じゃなかったか?」

「そうなのか。今年も打診が多かったらしいしな」


 相変わらず、主の人気はすさまじいようだ。やはり華やかな容姿と人当たりのよさに惹きつけられるのだろう。そして王子殿下の親友であり、将来的には王の第一の家臣、若いながら既に家督を継いでいる、などなど。

 気安く庭師に声をかける程度には軽薄だが、欠点にはならないのかもしれない。

 そんな方に婚約者の一人もいないなんて!と嘆いている侍女の声を聞いたことがある。そういえば他の侍女が、遊んでいたい年頃なのよ、と言い聞かせていた。それでいいのかと思わなくもないが。

 とにかく、主は各所で好かれているらしい。

 労働環境もすこぶるいいので、使用人からの評価も高い。もちろん、男女問わず、だ。

 どうしたらそんな完璧な人間になるのか不思議になるが、確かにこちらとしても印象は悪くない。

 こちらに感けていいのかと不安にはなるが。

 ぱちん、と花を切り落とす。

 この木はこんなものだろうか。わずかに残った花はまだこのままでいいだろう。

 切り落とした花たちを集め、篭に入れる。ずいぶんといっぱいになってきた。

 一度捨てたほうがいい頃だと判断して、移動する。

 花がらや雑草を入れる木箱は大きく、大人が二人は寝転がることが出来るだろう。

 そんな場所に、庭師長ことフェムル様がいた。


「お、ルシアータか」

「はい」


 木箱の中、というよりも中に押し込まれた雑草の上、というのが正しいか。

 ふかふかとしたそこで、足踏みをしていた。

 膝ほどの高さがある木箱の上だ。足しか見えないが。


「ちょうどいい。手伝え」

「……はい」


 篭の中の花がらを入れ、手を引かれながら木箱の中に入る。よく沈む、独特の弾力だ。

 ワインを造るとき、ぶどうを踏むという話を聞いたことがあるが、こんな感じなのだろうか。

 ……多分、違うだろう。

 そんなどうでもいいことを少し考えた。それに、これは華やかな作業でもない。肥料を用意しているだけだ。

 危ういバランスで踏み固めながら、フェムル様の足元を見る。

 よろけることなく安定しているが、どういうことだろう。


「そういや、品評会の準備はどうだ?」

「問題ありません。ほぼ整いました」

「ならいい。アーゼナル家の威信もかかってるから、心して挑めよ」

「はい」

「お前なら心配いらないけどな」

「……フェムル様が参加してもよかったのではないでしょうか」

「いや、お前のほうが適任だ。明らかに、向いてるからな」


 そうだろうか。

 フェムル様の庭師としての腕は素晴らしいと思う。

 品評会に出ても確実に認められるほどだ。


「向いている、ですか」

「おう。それに、若い才能を伸ばしてやるのも俺の役目だからな」


 明るく、優しい声だ。

 親というよりは兄のようだと、思うことがある。


「経験を積んだ庭師は大体優秀だが、おまえがそれ以上だからな」

「……そうでしょうか」

「そうなんだよ。ユギエレムスト様から言われなくてもお前を選んでいたよ。俺は」


 よいしょ、と小さな声をあげてフェムル様が木箱から出て行く。

 もうこれでいいのだろうか。

 立ち止まると、手が差し出されたのでその手を取って、飛び出す。ふわりと薄布や帽子が浮いて、フェムル様の顔が見えた気がしたが、一瞬だったのでよくわからない。


「そうそう、今度裏の庭に入ってもいいか?」

「フェムル様なら許可の必要はないと思われますが」

「もうあれはお前の庭だからな」


 声に、笑いが入っている。

 あの庭は、もちろんアーゼナル家のものだが、庭師に開放されていて、鍵さえ持っていれば誰だって入ることが可能だ。好きに入ればいいのに。


「……じゃあ適当に入らせてもらうからな。前に育てた花の資料が見たい。小屋を勝手に見せてもらうぞ」

「はい」

「ついでに、春の庭に新しく何か植えたいし花壇も見ていく。品評会に出す花かどうか今度教えてくれ」

「はい」

「あの庭に関してはお前に一任している。これからも好きにするといい」

「はい」

「……ちゃんと聞いてるか?」

「もちろん、聞いております」

「あー……お前はもうちょっと会話に慣れたほうがいいな」

「申し訳ありません」

「……そういうとこなんだけどな」


 そうは言われても。

 一応、いろいろと会話をしているつもりなのだが。これでは少ないのだろうか。

 難しいものだ。


「まぁいいか。お前らしいし。じゃ、品評会期待してるぞ。あと、他の作品を見ていろいろ学んでこい」

「はい」


 頭を下げる。

 僅かに見えている足が遠ざかるのを見てから頭を上げて息をつく。

 もしかしたら、今日は春の庭の手伝いという名目で品評会の応援をしようと呼び出したのだろうか。

 だとしたら、ありがたいことだ。

 アーゼナル家の庭師としてフェムル様に恥をかかせないようにしなくては。

 改めて、そう思った。

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