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「やあ、ルシアータ!今日も美人だね」

「……見えてはいないと思われますが。ユギエレムスト様」


 目深に被ったつばの大きな帽子の向こうに見える会話の相手はほぼ腰から下だけである。

 しかも、顔にかかる深い色をした薄布でその影もぼんやりとしているほど。

 けれど、それで十分だ。むしろ、声だけで相手がわかってしまう。

 気安く口説いてくるのは、気まぐれなアーゼナル家現当主くらいなものだ。

 それに、こんな庭と庭とを繋ぐ薄暗い使用人通路を、きらびやかな服装で歩く人なんて、他にはいない。


「今回はどうなされましたか?」

「いや、今度母がご婦人方をお招きするということで、どこの庭にしようか検討中なんだ。そこで、いろいろと聞きたいと思ってね」

「でしたら、フェムル様にお聞きください」


 わざわざこんな一介の庭師に聞く必要などはない。

 手にしている剪定道具の入ったバケツは重いのだ。早く次へ行かせてほしい。


「わかった、質問を変える。君が担当している秋の庭の状況は?」

「……おおむね順調に育っております。現在はアベリア、カンナなどが咲き始め、コスモスも順調に行けば夏には咲き始めると思います」

「なるほど。バラの状況は?」

「今年も色艶よく咲いています。夏の終わりには無事に盛りを迎えるかと」

「そうか。もう咲き始めたのなら秋の庭で行うのもいい趣向かもしれないね」

「……お言葉ですが、今の時期でしたら春や夏の庭のほうが見ごろでございます。お客様をお招きになるのでしたら、そちらになさったほうがよいかと思われますが」

「君は今の秋の庭が見るに耐えないものだというのかい?」

「いえ。いつお見せしても恥ずかしくないように手入れはしておりますが……」


 せっかくだから、今見事に咲き誇っている花を見て欲しいだけだ。

 ……と、さすがに主に対してなので、口にするのは憚られる。

 それに、他の庭師が丹精込めて育てているのを見ると、やはり彼らに肩入れしたくなる。

 けれどこの主は聞き入れることはない。


「なら秋の庭にしよう。君の才覚を見せるいい機会だ」


 ちらちらと手が見え隠れ。

 大仰に身振り手振りを交えての会話は、見栄えの良い、それこそ大輪の花のような主には似合っていることだろう。


「……それでは準備をいたします」

「うん。頼むよ」


 満足げな声を受けて、一礼。

 あぁ……今のこと、庭師長に言わなければ。

 気が重いのを押し隠し、主が去っていくのを見送る。

 やがて、廊下の向こうへと消えたのを感じ、帽子のつばを上げる。

 広がった視界の中には、誰もいない。それを確認してから、また顔を隠す。

 結わえた長い髪は重いし、視界は狭い。不便だとは思うが、決して見せてはいけないと祖父にきつく言われているので、仕方ない。

 顔を含め、極力素肌は曝さない。それはきっちりと守ったままだ。

 周囲にも醜い火傷の跡があると伝えてあるので誰も不審には思っていない。主だって素顔は見たことないだろう。

 それなのに、あの主は挨拶代わりに美しいだの美人だのと言ってくる。

 軽蔑はしないが、軽々しさは、感じる。なので、極力見つからないようにしているつもりなのに、何故見つかるのだろう。とても不思議だ。

 ……あぁ、いけない。仕事の途中だ。

 バケツを持ち直し、担当している秋の庭へと急ぐ。

 来客があるのであれば、さらに手入れを行わなければ。

 ここは下手をすれば屋敷の内装よりも庭が重視されるような国だ。たとえ風変わりな主だろうと、評判を落とすようなことをしてはいけない。

 こんなことならもうすこし肥料を多めにしておけばよかっただろうか。

 いや、多くてもいけない。何事も適量だ。

 状況によっては他の庭から人を貸してもらって……けれど、あまり、他の人に手伝ってもらいたくはない。姿を見られるわけにもいかないし。

 まず何より、現状を確認することだ。

 満足な色艶が出ているようなら、それでいいのだが。もちろん、悪いと言うことはありえない。普通よりも高い水準の庭を保つことが庭師に課せられた役割だ。

 だからこのまま出しても問題はないのだが。

 ……でも、出すのであればもっといいものにしたい。

 一つ、息をついて気合を入れる。

 とりあえず、全容の精密な把握からだ。

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