「鳴治祭」最終日・「清流 特別号」販売
香月よう子side
竣たちはその後、紅羽の所属する文芸サークル「文士会」が活動をしている場所へと移動した。
「よ! 紅羽」
「宇野くん。それにお佳、竣!」
「文士会」の活動の目玉である機関誌「清流 特別号」の販売をしていた紅羽が、嬉しそうに言った。
「来てくれたの? でも、何かみんな用事があったんじゃない?」
「あ、ああ。それ全部終わったからみんなで来たんだよ」
竣が、周りに絵梨華がいないことを確認してからそう取り繕った。紅羽はその言葉に疑問を抱かない。
「それより、紅羽。私も一冊買いたいな。紅羽の書いた小説が載ってる本」
お佳がさりげなく会話の矛先を変えた。
「え、でも……。一冊五百円もするし…あ、でも、他の方々が書いた作品はすごくいいの! 素晴らしいのよ!」
紅羽がまっすぐな瞳で主張する。
「だから、俺にも売ってくれよ。はい、五百円」
「あ、俺も!」
竣にうのっちが続く。
「うのっちが読書? まあ、紅羽の書いた小説だったら読むわよね。あんたでも」
お佳が茶化す。
「あれ? でも、紅羽の名前ないじゃん?」
本の目次を見ながら、うのっちが不思議そうに言った。
「ああ。ペンネームで皆さん、書いてるのよ。紅羽のペンネームはね……」
「わー、お佳!!」
紅羽が真っ赤になりながら、お佳の言葉を阻止する。
「隠さなくてもいいじゃん。「葵 芙美」ていうのよね? 紅羽」
「もー、お佳!」
拗ねたように、紅羽が横を向く。
「これか? 「時を越えオルゴールの音は奏で」……」
「今回は、童話なんでしょ? このページ数なら三分で立ち読みできるわね」
「どれどれ」
そうして、あわあわとなっている紅羽の目の前で、三人が紅羽の書いた作品を瞬時に読み終えた。
「いーじゃん! いーじゃん! 俺みたいに普段、本読まない人間にもすっと入って来たよ」
うのっちが真っ先に、興奮した様子でそう言った。
「だな。一見すごく切なくて、でも、読後感が良い」
「何気に泣ける掌編だよね」
三人が口々に言う。
紅羽が依然真っ赤なまま、皆の会話に入って行けずにいると、
「一条さんの作品は、皆さんにウケがいいようだね」
「あ、後藤部長」
紅羽の背後に「文芸部」部長の後藤健が立っていた。
「お買い上げありがとうございます。部長の後藤です」
軽く後藤が頭を下げる。
「紅羽がいつもお世話になってます」
お佳がまるで母親のような口ぶりでそう言った。
「一条さんの作品以外も皆、部員一同精魂込めて書いた作品ばかりです。どうか、今後もご贔屓に」
自分より二歳も下級生の竣たち三人に、丁寧にそう言い頭を下げると、後藤はすぐその場を離れた。
「紅羽、いつまで店番なの?」
「え、と…。ああ、もうこんな時間?! 小田さんと交代の時間だわ」
何気なく呟いた紅羽の言葉に、三人が凍り付く。
その時。
「お待たせ、一条さん。もう交代の時間よ。代わりましょ。エプロン貸してもらえるかしら」
絵梨華が、顔色一つ変えずにその場に現れた。
「あ、小田さん。ごめんなさい」
紅羽が慌ててエプロンを脱ぐ。
その一瞬の隙をつき、
「高遠君。ごめんなさい……」
絵梨華は、竣にだけ聴こえる声でそう呟いた。
「ああ。君ならもっといい男がいるよ」
竣は囁き、そして絵梨華に優しく微笑んだ。
その初めて自分に向けられた混じり気のない笑顔に、
(やっぱり……諦められない。私の高遠君への想いは、そんな軽いもんじゃない……)
そう思った絵梨華だったが、黙って微笑み返した。
それは、絵梨華の美しさを際立たせるとても華やかな笑みだった。
同時にそれは、最後の女の自尊心であり、竣への想いそのものだった。
脱いだエプロンを絵梨華に渡すと、紅羽は言った。
「じゃあ、後はお願いね! 小田さん」
「ええ、任せといて」
そして、四人はその場を後にした。
絵梨華の溜め息だけを残して……。
そうして、「鳴治祭」初日・お佳の「ピアノ部定期演奏会」も、最終日・紅羽の「文士会」機関誌「清流 特別号」の販売も無事に終わり、四人はその後、「鳴治祭」を心置きなく楽しみ、初めての「鳴治祭」は終了したのだった。




