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未来へ繋がる絆  作者: 香月 よつ葉
大学1年生
83/160

華麗なる「ピアノ部定期演奏会」

香月よう子side

「鳴治祭」初日午後二時開演の「ピアノ部定期演奏会」。


「音楽鑑賞室」には、約150席の椅子が並べられ、開演十五分前には、ほぼ満席だった。この分では、立ち見客も出るだろう。 

 

 音楽鑑賞室の隣の二部屋は、それぞれ男女部員の控室となっている。男子はスーツやタキシード、女子は髪型をセットし、色取り取りのフォーマルワンピースやドレスなど華やかな装いだ。

 

 皆、緊張した中にも、OB・OGや学友からのお菓子の差し入れなどをつまみながら、談笑している。


 また、鑑賞室前のスペースでは、部員への花束も個別に受け付けられている。終演後、部員へと渡され、その際、皆、花束を手に、思い思いに写真撮影を楽しむのが慣例だ。


そんな中。

 お佳は珍しく緊張していた。


 何しろ、一年生にして、第一部十一名のトリ、ショパンの「バラード第一番」。そして、演奏会ラストの二台のグランドピアノによる連弾、ショパンの「ピアノ協奏曲第一番」の(セカ)(ンド)ピアノを務めるのだ。これで緊張しないはずがない。


 お佳は控室から出て、一人、廊下の隅の壁際に佇んでいた。

 

 皆はお佳のピアノを褒め讃えるが、真の自分の実力の程は自分が一番よく知っている。「バラ一」はともかく、連弾で遥人の(ファー)(スト)ピアノについていけるかどうか……。


その時。


「岡田さん」


 後ろから声をかけられた。


 振り向くと、

「遥人先輩……」

 グレーのスーツ姿の遥人がそこに立っていた。


「緊張しているのかい? 君らしくないね」

「でも……。連弾が……」

お佳の言葉は少ない。


「大丈夫。僕がフォローするから。それに」

 

 お佳の立つ壁際で、お佳の右肩添いにさりげなく左手をつくと、遥人は言った。


「君なら出来る」


 それは力強い言葉で、そして、遥人は何の混じり気もない笑顔をしていた。


「遥人先輩……」


 呟くとお佳は、小さく形の良い桜色の口唇(くちびる)をきゅっと結んだ。


 そうだ。とことん遥人について行こう。

 遥人と二人ならきっと出来る……!


 目の前の遥人の優しい瞳を見つめながら、そう、お佳は自分を奮い立たせた。




 そして────── 


 定刻通りに、演奏会が始まった。



「第一部」(トツ)()奏者(バツター)は、医学部三年男子によるラヴェルの「水の戯れ」。難曲だが、第一奏者を務めるだけあり、技術(テクニツク)が確かなだけでなく、ラヴェル特有の繊細な音をよく表現し、勿論ミスタッチ一つない素晴らしい演奏だ。

 次いで、心理学部一年女子によるリスト「三つの演奏会用練習曲」より第三曲「ため息」。滔々と甘美な瑞々しいメロディーが流れる。

そして、シューマンの「幻想小曲集」より「飛翔」。ウェーバーの「舞踏への勧誘」……次々と素人らしからぬ見事な演奏が披露されていった。


「みんなすごいわね!」

「ああ、俺みたいな音楽のわからない人間には、プロみたいに聴こえるよ」

「だよなあ」

 曲の合間に、紅羽たち三人が小声で会話を交わす。


三人は、前列五番目のやや左寄りほぼ中央の席に、竣とうのっちが紅羽を挟んで座っていた。

 音楽鑑賞室は音響効果設備も整っていて、その辺りの席が一番音が綺麗に良く聴こえるとお佳のアドバイスがあったので、開場前から並んでいた三人は一番絶好の席を確保できたのだった。


 演奏会はつつがなく進み、次はいよいよ「第一部トリ」を飾るお佳の演奏だ。

 紅羽は、

(お佳、頑張って!)と心の中でエールを送る。


 お佳が、鮮やかなセルリアンブルーのそれはお佳のスレンダーなスタイルを強調するタイトでエレガントなフォーマルワンピースに、胸には白い薔薇のコサージュを飾り、登場した。


 一礼し、ピアノの前に座る。

 一息、すぅ…と呼吸をすると、第一音を重々しく奏でた。曲は、緩やかに始まったが、次第に激しさを増す。

 お佳は、完全に曲に入り込み、独特のショパンの世界観を会場全体に創り上げていった。


「ブラーヴァ!!」


 誰が叫んだのかわからないが、会場から声が飛んだ。

そして、割れんばかりの拍手喝采が会場中に響き渡る。


 お佳は、見事に大曲ショパンの「バラード一番」を弾ききったのだった。




十五分の休憩の後、ベートーヴェンのピアノソナタ第二十一番「ワルトシュタイン」から「第二部」が始まった。

 

 第一部同様、耳の越えた観客は勿論、普段クラシック音楽に触れないような初心者も、真剣に曲に聴き入る。



予定通りに演奏は進み、遂に「第二部大トリ」の遥人の出番となった。

 バラキレフ作曲「東洋風幻想曲〈イスラメイ〉」を、伝統ある「鳴治館大学ピアノ部」部長らしく、それは極めて技巧的な演奏を見事に遥人は披露した。

 会場は「ブラボー!!」の声が飛び交い、大いに盛り上がっている。


そしていよいよ、約三時間に及ぶ長丁場の演奏会も最後の一曲を残すのみとなった。


 演奏会ラストを締めくくるのは、二台のグランドピアノによる連弾曲。

 ショパン作曲「ピアノ協奏曲第一番 ホ短調 op(オーパス).11」。


遥人は黒のタキシードに着替え、お佳はふわりとしたスカートの裾の長い深紅のドレス姿で登場した。

 それはそれは見目麗しい二人が並んで礼をして、客席から向かって遥人が左、お佳が右のピアノに座る。


 深呼吸をし、アイコンタクトを交わす。

 管弦楽(オーケストラ)の旋律のお佳から第一楽章〈Allegro(アレグロ).maestoso(マエストーソ)〉がスタートした。

ホ短調の重厚で美しいメロディアスな音が、広い会場の音楽鑑賞室いっぱいに響く。

 暫くの後、満を持して遥人のピアノの音が鳴り響いた。

 それは、1985年デビュー当時の「スタニスラフ・ブーニン」を彷彿とさせるような非常に個性的で、揺るぎないテクニックに裏打ちされたドラマティックな演奏だった。

 夢見るように緩やかで抒情的な第二章〈Romanze(ロマンツァ).Larghetto(ラルゲツト)〉を経て、そして明るく軽快な第三楽章〈Rondo(ロンド).Vivace(ヴィヴァーチェ)〉に突入する。

二人の息はこれ以上はないほど良く合い、正に圧巻の鮮やかな(ピアノ)の世界を奏でている。

 ピアノソロの最後の一音を華麗に遥人が弾き終え、そしてお佳が曲の最後を締めくくると、会場はスタンディングオベーションだった。


「ブラボー! 遥人!」

「ブラーヴァ!!」


鳴りやまない万雷の拍手喝采。賞賛の嵐。


 緊張から解放され心なしか涙ぐんでいるお佳は、観客の拍手に応え、遥人と手と手を取って、何度もお辞儀をして挨拶する。


 そうして、鳴治祭「ピアノ部定期演奏会」は無事に、今年は例年にもまして大成功の内に幕を閉じたのだった。




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