涙の笑顔
香月よう子side
それから、三日後の午前十時四十五分。
中央ターミナル駅の東口に、お佳は立っていた。
「この暑いのに……こんな時間に来いだなんて、全く何なのよ」
日差しをよけながら、お佳がブツブツと一人文句を言っている時、
「君! 一人?」
振り向くと、大学生らしき男二人が立っていた。
「誰かと待ち合わせ? 俺らも二人連れなんだよね。どう? これから一緒にドライブ」
お佳は一見して、顔を背けた。
胸をはだけた派手なアロハ調の赤いシャツに、およそ似合っていないローライズのパンツ。
偏差値をどうこう言うつもりはないが、どう考えても、真面目に大学生活を送っているとは言い難い二人組。
お佳がそのまま無視していると、
「何だよ、お前。ちょっと美人だからって、高ぶりやがって」
男の雰囲気が変わった。
「正体現したわね」
冷ややかにお佳が言った。
「この……!」
と、男がお佳の腕を掴もうとした時、
「俺たちの連れに何するんだよ」
うのっちが、男の右腕を掴んでロックした。
「な、何……?!」
そこには、うのっちだけでなく、竣とその背後に隠れるようにして、紅羽が立っていた。
「お、覚えてろよ!」
二人組は、お決まりの捨て台詞を残して、雑踏の中へと消えて行った。
「遅いわよ。もう十時五十分じゃない」
「悪ぃ、悪ぃ。ついそこで、竣と紅羽と合流したんだ。それにしても、お前もちょっとは自衛しろよ。俺らが来なかったらどうする気だったんだよ」
「生憎、私、合気道二段なの。自分の身くらい、自分で守るわ」
涼しい顔のお佳に、やれやれという感じの三人。
「で、今日は何なのよ。朝飯抜いて来い、とか。ランチバイキングにでも行くつもり?」
お佳の問いかけに、
「まあ、ついてこいよ」
と、うのっち。
十一時ジャストに、四人はある店の前に来た。
「『しゃぶ葉』……?」
「しゃぶしゃぶ食べ放題のランチ、個室予約してあるんだ。お前はダイエットとかなんだ言うだろうけど、今日くらい思い切り食べろよ。俺ら三人の奢りだからさ」
お佳は、三人が自分の事を気遣ってくれているのがわかるから、素直に言葉に従うことにした。
「いらっしゃいませ。予約の宇野さまですね? どうぞこちらへ」
そして、掘りごたつのある和室に通された。
四人でこたつを囲む。
「この暑さ真っ盛りの時、しゃぶしゃぶ?!」
「でも、店内、ガンガン冷房効いてるだろ。ちょとした贅沢さ。汗かきながら、真夏にしゃぶしゃぶ、て、いいだろ」
うのっちが、自慢げに言う。
「このメニューから、お前の好きなコース選べよ」
お佳は、それで遠慮なく、「国産牛」「本格すき鍋出汁」「〆のお好み雑炊」を選んだ。
「野菜と香味、たれは自由に取りに行こうぜ」
それで、四人はそれぞれ、好きなたれを選び、白菜などの野菜もたっぷりと取って来た。
「白菜は火が通りにくいから、先に入れとこう。肉は食べ放題だから、がっつりいこうぜ」
「宇野君て、実は鍋奉行だったのね」
紅羽が、感心したように言った。
「この前、バイトの先輩につれてきてもらったんだよ」
早速、肉を湯に通しながら、うのっち。
「でも、良さげな店だよな。バイキングでこの値段なら、充分元は取れるよな」
と、竣。
「みんなで気兼ねなくわいわいやれるのもいいね!」
と、紅羽。
そして、四人はがっつり食べながら、話も弾んだ。
お佳の表情も柔らかい。
なんだかんだ言って、宇野君もお佳のことを気遣っているんだ……と、紅羽は友情を感じていた。
「さて。食うもん食ったし、後はデザート。「かき氷」でいいか?」
うのっちが言った。
「ここのかき氷がまた絶品なんだ」
「へえ。だったらそれにしよう」
「私、苺ミルクがいいな」
「私は、抹茶小豆」
そして、約十分後に四つのかき氷が目の前に出された。
「わあ! この氷、ふわふわ!」
「すくっただけでとろけそうだな」
「ここは、ランチバイキングだけじゃなくて、かき氷目当てで来る客もいるんだってさ」
四人は、舌に溶ける氷も十分に堪能した。
「もう一時?!」
お佳がビックリしたように、声をあげた。
入店していつの間にか二時間も経過している。
「そろそろ出るか」
うのっちの言葉に、三人は席を立った。
うのっち、竣、紅羽の三人で会計を済ませると、お佳の元に皆が来る。
「今日はどうも御馳走様!」
さばけた調子でお佳が言った。
「うのっちに竣、紅羽。バイト料、遣ってくれてありがとう」
「お佳が元気だったらそれでいいのよ」
「そうそう。いつもの「お佳節」が聞けないと物足りないぜ」
「あんま詳しい事情は聞いてないけど、とにかく元気出せよ」
三人が口々にお佳を励ます。
「平気よ。私、後を引かないタイプなの。また新しい恋をみつけるわ」
そう言って微笑むお佳の笑顔は、微かに涙で濡れていた。




