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未来へ繋がる絆  作者: 香月 よつ葉
大学1年生
28/160

ヒヤカシ

香月よう子side

梅雨も真っ盛りのある午後。


 図書館で紅羽は一人、本を読み耽っていた。

 鳴冶館大学の図書館は広く、蔵書数も多い。

 冷暖房も完備で、真面目な生徒にとっては居心地の良い空間だ。


その時。

「一条さん」

 後ろから声を掛けられ、紅羽は振り返った。


「後藤部長」

 それは、文芸サークル「文士会」の部長、後藤(ごとう)(けん)先輩だった。


「随分熱心に読んでたね。何を読んでるの?」

 後藤部長にそう問われ。

「これです」

と、紅羽は分厚い本の表紙を見せた。


「「西洋史学通論」か。教育学部でもそういう勉強するの?」


 後藤部長の問いに

「いえ。これは単なる趣味です。私、昔から歴史や、世界史が好きで……」


 紅羽がそう答えると、

「それは素晴らしいね! 僕は、文学学部でも「西洋史学科」専攻なんだ。気が合いそうだね」


 しかしその時。

 二人は、周りの視線に気が付いた。


 出来るだけ小さなヒソヒソ声で喋っていたのだが、やはりここは静寂な場所。

 話をするのには、相応しくない。


「一条さん。良ければ、カフェ「サティア」に行かないかい? ケーキセットくらい奢るよ」

「え? でも……」


 どうしていいのか戸惑う紅羽に、

「とにかくここは出よう」

と、後藤部長は言った。


 その方が賢明だと判断した紅羽は、本をバッグにしまうと、席を立った。




 図書館の出入り口まで来た時、

「やだ。雨が降ってるわ」

と、紅羽は呟いた。


 午前中は薄曇りだった空から、パラパラと雨が降り出している。


「一条さん。入って」

 後藤部長は、バッグから小さな折りたたみ傘を取り出し、その傘の中に、紅羽を入れた。


「で、でも……こんな小さい傘に……」

 紅羽は、やはり戸惑う。


「いいから」

と、後藤部長は、紅羽の方にばかり傘を寄せ、「サティア」がある棟の方へ歩き始めた。


 紅羽も結局、後藤部長に守られるように歩いて行った。




 その翌日。


「おっはよう! 紅羽」


 紅羽が、講義室に入ると、真っ先にお佳が紅羽に声をかけた。


「おはよう、お佳。……て、何? 私の顔に何かついてる?」

 紅羽は訝った。


 お佳だけでなく、珍しく早く講義室に来ているうのっちも、何かにまにまと紅羽を見ている。

 その横に、どこか不機嫌そうな竣もいた。


「ねえ、紅羽。いつの間に彼氏できたの?」

「まったくだぜ。高校の時は、オトコ、よせつけなかったのにな」


「ま、俺が全部邪魔してたせいだけどな……」

と、うのっちは、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。


「ちょ、ちょっと。待って。なんの話?」

 紅羽には、さっぱり訳がわからない。


「昨日の午後、雨の中、誰か男子と相合い傘してたじゃない」

「「サティア」で、オトコと話し込んでただろ」


「見たんだからね」

「俺も」

と、お佳にうのっち。


「あ、あの。あれは「文士会」の後藤部長で……。私、傘持ってなくて。話していたのは、中世フランスの音楽事情のことで……盛りあがっただけで……」

 そういう話題に疎い紅羽は、しどろもどろになっている。


「竣。ライバル登場だな」

 うのっちが、竣を振り返りながら言った。


「ぼやぼやしてたら、あっという間に、紅羽、もっていかれちゃうわよ」

 やはり、にまにまとしながら、お佳。


「何の話だよ」

 努めて冷静に、竣は答えた。


「無理しちゃって」

と、お佳がいつもの流し目で、竣を見た。


「そうよ。何の話?」


 その時。

 紅羽が、何の混じりけもない声で、問うた。


 場が一瞬、固まる。


「……まったく。紅羽って……」

 お佳が、ため息をつきながらそう言った。


「竣。紅羽は無自覚天然だから、早めに手を打たないと、後悔するぞ」

と、うのっち。


「うるせえ」

 竣が、ぼそりと呟く。


 その様子を、やはり不思議気に見つめる紅羽だった。



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