自信が芽生えた瞬間
香月よう子side
そして、その翌日。
お昼休みを早めに切り上げ、サークル活動の「アセンブリー」が始まる二十分前に、紅羽はサークル棟の「文士会」部室を訪れた。
皆が来る前に、軽く掃除・整理整頓をしようと思ったからだ。
部室の出入りは部員なら自由で、「アセンブリー」の日以外でも部員がたまり、文学の話や、執筆中の作品について語り合ったりしている。
いつもは、部員がいない時を見計らって、こっそりとやるのだが、今週は講義の課題が忙しく、来れなかったのだ。
しかし、そこには先客がいた。
「紅羽ちゃん!」
パソコン机の前から、紘子先輩が立ち上がり、紅羽の方に寄ってきた。
「今、あなたの作品を読んでいたのよ! 素晴らしいわ。処女作とは思えない出来よ!」
そう、興奮気味に紘子先輩が言った。
「「都会の雨」……ですか?」
それは、やっと数日前に脱稿し、部所有のパソコンに送信したばかりのショートストーリーだった。
「そうよ。見事に、お題小説として成立しているわ」
それは、外回り営業中のOLが、梅雨特有の夕立ちにあい、カフェで雨宿りをし、不味い珈琲を飲みながらも、窓から見える都会の樹々の風景に元気をもらう、といった純文学風のショートストーリーだった。
しかし、紅羽は済まなさそうに言った。
「「春号」に間に合わなくて。すみませんでした」
本来なら、四月末の文士会・季刊誌「清流」春号に載せる為に、紘子先輩が色々アドバイスをしてくれたのだが、「春号」にはどうしても間に合わなかったのだ。
「いいのよ。今度の「夏号」に載せられるわ」
そう紘子先輩は言った。
「これも全て紘子先輩のお陰です」
紅羽は頭を下げた。
「「雨」のお題に、「主人公は一人」「通り雨」「どこかで雨宿り」「樹々の風景」て、具体的に縛りをかけて、想像しやすくして下さったから……」
「でも、一本のショートストーリーに仕上げたのはあなたの実力よ」
紘子先輩は、更に言った。
「また、私がお題を出すから、チャレンジしてみない?」
「え? 今度も書けるとは思えないです……」
紅羽は自信なさそうに、眉をひそめた。
「大丈夫。また私でよければ、アドバイスはいくらでもするから」
「え、えーと……」
紅羽は困り顔になりながら、言葉が出てこない。
すると、紘子先輩は優しく言った。
「今回、初めて小説書いてみて、楽しくなかった?」
「い、いえ。最初は全く書けなくて凹みましたが、書き上げてみると、凄く嬉しかったし、達成感がありました!」
「ね。そうでしょう。これから少しずつ、勉強していけばいいわ」
「小説を書く、ことですか?」
「ええ。モノにできたら、プロになれるかどうかはともかく、一生の大事な趣味になるわよ」
紘子先輩は、にっこりと微笑んだ。
紘子先輩についてゆけば、出来るかもしれない……。
紅羽に、ほんの少しだけ小説を書くことに対して、自信らしきものが芽生えた瞬間だった。




