胸に優しく降りた言葉
香月よう子side
そして、「トワイライト」当日が来た。
「トワイライト」で生徒を見る時間は、原則午後二時から六時までなので、紅羽は二時十五分前には、純里小学校の「トワイライト」教室に着いた。
「ああ、あなたが「鳴治館」の学生さんね」
そう言って、紅羽を出迎えてくれたのは、教師免許を持つ原田さんと言うアラフォーくらいの女性だった。
「初めまして。鳴治館大学教育学部一年の一条紅羽と言います。今日はよろしくお願いします」
紅羽は緊張気味で、そう挨拶した。
「そんなに固くならないで。生徒たちと一緒に遊んだり、宿題を見てあげるくらいだから。今日はよろしくね」
そう言って、他のヘルバーさん5名も挨拶してくれた。
そして、二時から「トワイライト」が始まった。
始まってみると、
「せんせー、この掛け算わからない」
「外で鬼ごっこしようよ」
「おやつまだー?」
「トワイライト」を利用するのは、小学一年生から六年生まで、共働きの家庭の子だが、四年生になると、クラブ活動が始まるので、ほとんど一年生から三年生の低学年の子だ。
だからか、生徒たちはあどけなく、とても可愛い。
ゲームをして遊ぶ子も多いが、真面目に宿題をする子、本を読む子、外で遊びたがる子も多い。
外で鬼ごっこの鬼役をやった時は、汗だくになり、ものすごく体力が要った。
宿題の面倒を見る時も、どうやってわかりやすく教えるか、紅羽には初体験の連続だった。
三時になったら、おやつの時間で、その日はプリンだった。
紅羽の分も用意してあり、他のヘルバーさん達と一緒に食べた。
鬼ごっこをやった直後で、そのプリンはものすごく美味しく感じられた。
そうして、夕方になると、ぼちぼち生徒の親が我が子を迎えに来る。
一人、また一人と帰っていく中で、紅羽は、ある一人の女の子の存在に気がついた。
「どうしたの?」
と、紅羽が問うと、その子はプイと横を向いた。
紅羽に心を開かない。
まだ小さいから、一、二年生かな……
気になりながらも、紅羽は他の子たちを親御さんに見送るという仕事がある。
そして、六時になった。
「トワイライト」は終わる時間だ。
しかし、あの女の子だけが残っていた。
「また美優ちゃんだけ?」
「あの子の親には困るわ」
ヘルパーさんたちが、ひそひそと口にする。
「あ、あの……」
紅羽は勇気を出して、言った。
「私、最後まで残りますので……」
そう言った紅羽に、
「一条さんの気持ちは嬉しいけど、学生さんに最後まで任せるわけにはいかないの。私が見るから、一条さんは帰っていいのよ」
原田さんは優しく言った。
「あ、あの……。私も残っていいですか?」
そう紅羽は申し出た。
一瞬、原田さんは目を見開いたが、
「そうね。好きにするといいわ」
と、言った。
紅羽は、美優ちゃんの目線に合わせて、
「美優ちゃんて、名前なの?」
と、聞いた。
紅羽の問いに、美優ちゃんは、すぐには答えなかったが、
「……うん」
と、小さく頷いた。
「何年生かな?」
「一年生」
「ママがお迎えに来るまで、先生と一緒に遊ぼうよ」
紅羽は優しく、言った。
そして、紅羽は美優ちゃんと一緒に遊んだ。
ワンツーマンのせいか、最初、固かった美優ちゃんの表情がやっと和らいできた頃、
「ママ!」
美優ちゃんが突然叫んで、教室の入り口まで走って行った。
「本当に申し訳ありません……。どうしても残業で迎えに来れなくて……」
その女性は美優ちゃんの母親で、心から済まなさそうに原田さんと紅羽に詫びた。
「ママ、このおねえちゃんに遊んでもらったんだよ」
「美優、おねえちゃんじゃなくて、「先生」、でしょ」
窘めながらも、美優ちゃんの母は嬉しそうに言った。
「大変だったでしょう、美優の相手は」
「いえ、そんなことないです! 美優ちゃんは本を読んだり、あやとりをしたりして、とても良い子でした」
「まあ。そうですか。この子は人一倍、人見知りで、初めての方には、名前も言えないような子なんですけど」
美優ちゃんの母は、意外そうにそう言った。
そして、紅羽と原田さんは美優ちゃん母娘を見送った。
「よく最後までつきあってくれたわね」
原田さんが、紅羽に言った。
「あなた、良い教師になれるわ」
その一言が、紅羽の胸に優しく降りた。




