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未来へ繋がる絆  作者: 香月 よつ葉
大学1年生
22/160

紅羽の病

香月よう子side

それから、日々は穏やかに過ぎて行った。


 しかし、ゴールデンウイークも過ぎた頃の或る日。


「あれ? 紅羽は?」

 教育学部棟の408号室に入ると佳が、竣とうのっちにそう問うた。


「ああ。それが紅羽、まだ来てないんだよ」

 竣が少し眉を寄せて、答えた。


「おかしいわね。いつも誰より早く一番乗りするのに」

 そして、佳は、

「LINEしてみる」

と、言った。


 暫くしてレスがあり、

「大変!!」

レスを読んだ佳がそう言った。


「どうしたんだ?!」

 竣とうのっちが訝しむ。


「紅羽、熱が出てるんですって。それも39度」


「そりゃ、大変だ!」

「紅羽、女子寮で一人暮らしなんだろ?」

「ええ、確か201号室て言ってた」


 その時、教授が入室され、それ以上の会話はできなかった。

 三人とも、じれったい想いで、講義が終了するのを待った。


 やっと、二コマ目が終わり、お昼休みの時間になると、三人は紅羽の部屋を訪れることにした。


 高熱では食事にも苦労しているだろうから、レトルトのお粥、フルーツ、食べやすい菓子パンなど食べ物に、ミネラルウオーター、オレンジジュース、ポカリなどドリンクを持参することも忘れない。


「ここが女子寮かあ」


 五階建ての比較的新しい女子寮の前で、うのっちがそう言った。


「うのっち。何かやましいこと考えてるんじゃないでしょうね」

「ば、馬鹿! なんで俺が」

「あんたは、普段の信用がないのよ」

 こういう時も、佳はうのっちには容赦ない。


「馬鹿言ってないで、行くぞ」

 竣が言った。


「でも、女子寮て、男が入ってもいいのかよ?」

 うのっちの問いに、

「お泊り厳禁!破ったら即退寮、だけど、入室は構わないらしいわ」

 佳はそう答えると、真っ先に二階へと上がっていく。


 201号室の前まで来ると、確かに「一条紅羽」のプレートが掛けてある。


「ここで間違いないみたいだな」

 竣が呟くと、佳がトントンと扉を叩いた。


 すると、暫くして、パジャマの上から半纏を羽織った紅羽が顔を出した。


 いつも笑顔で生き生きとしている紅羽が、真っ青なやつれた顔をしている。


「紅羽、辛そうね……。食べたいものや飲みたいものはない? とりあえず、これだけ買ってきたけれど」

佳がてきぱきと動く。


「みんな、有難う……。良かったら、中に入って」

「紅羽は、とにかくベッドにね」


 そして、佳がお粥を温め、林檎の皮を剥いた。

 紅羽は、ポカリで水分補給をした。


 その間、竣とうのっちは、さりげなく部屋中を見回して、


(紅羽の部屋て、掃除も整理整頓も行き届いてるし、やっぱり女の子らしいなあ)


と、心密かに思っていた。


 しかし、

「紅羽、入学以来、頑張りすぎだろ。予習は完璧だし、講義も一コマも落としたことないし。元々、躰、丈夫じゃないんだから、自重しろよ」

 うのっちが言う。


「うのっちから聞いたんだけど、ぜんそくの気があるんですって?」

 佳の言葉に、紅羽は小さく頷く。


「春から夏の季節の変わり目だから、弱い所が出てきたのね、きっと」

 佳が、可哀想というような瞳で紅羽を見た。


「みんな、もうすぐ四コマ目が始まるわ。早く大学に戻って」

紅羽が、心配そうに言う。


「私がついているから、竣とうのっちは大学に戻って」

 佳がきっぱりとした口調でそう言った。


「お佳も講義には出なくちゃ!」

「一コマくらいならなんてことないわ。次のコマは易しい科目だしね」 


 かくして、佳だけが残り、後ろ髪をひかれつつ、竣とうのっちは大学へと戻っていった。


「さあ、紅羽は少し眠って。私、その間に、また夕食の買い出しして、自分のマンションに戻って、お泊りセット持ってくる」

「でも、こんな狭い部屋、お佳が泊まるスペースがないわ」

「炬燵があるじゃない。それで充分!」


 そうして佳は一旦帰り、紅羽はなんだか安心して、心地よい眠りに就いた。




「……ん」

 紅羽が目を醒ますと、

「あ、紅羽。勝手にキッチン使わせてもらって、ごめん」

佳が、キッチンで粥を作っていた。


「夕食に、お粥とだし巻き玉子作ったんだけど、食べられる?」

 それは、レトルトではなく佳特製の梅干し入りの五分粥と、ふんわりと焼かれただし巻き玉子だった。


「うん……食べる。ありがと」

 紅羽は素直に、佳の厚意に甘えることにした。

「苺も買ってきたのよ。食後に食べましょう」


「お佳のお粥、それに玉子、すごく美味しい!」

 紅羽が、本心から感心したように言うと、

「中・高等科の時、こういうこと骨の髄まで躾けられたのよ」

 佳が苦笑する。


 しかし。

 食べ終わると紅羽がおもむろに言った。


「ねえ、お佳……」

「何?」

「何か話したいことがあるんじゃない?」


 その紅羽の一言に、佳がぴくりと躰を震わせた。


「わかる?」

「うん、なんとなく。入学直後のお佳と最近のお佳は、雰囲気が違うもの。妙にそわそわしてたり、そうかと思うと落ち込んでたり」

「そう……」

 そう言ったきり、佳は黙り込んでしまった。


 しかし、

「いずれ、そのうちに話すわ」

 佳はにっこりと笑った。


 その笑顔は艶やかで、やはり大輪の薔薇を思わせるようだった。




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