初挑戦
香月よう子side
「紅羽ちゃん!」
突然、後ろから名を呼びかけられた。
ビックリして振り返ると、「文士会」の副部長の小仲紘子先輩が立っていた。
「あなた寮だったの?」
「はい」
紅羽が答えた。
すると
「私も寮生活よ」
と、紘子先輩は言った。
「え?! 何号室なんですか?」
「204号室よ」
「じゃあ、同じ階ですよ! 私、201号室です」
「えー!」
嘘のような偶然に二人とも驚いてる。
「じゃあ、今日は夕食、私の部屋で食べない?」
「え、いいんですか……?」
「もちろん!」
かくして、二人は女子寮204号室へと向かった。
「先輩、何かお手伝いします」
紅羽が、所在なげに立っていると、
「いいの、いいの。こんなせまい3畳キッチン、二人では使えないもの。遠慮せず、ゆっくりしていて」
紘子先輩の言葉に甘えることにした紅羽。
部屋の中央の小さな炬燵に入った。
不躾かと思いつつ、部屋の中をつい眺めてしまう。
(やっぱり、文士会副部長だけのことはあるなあ)
紅羽は感心したように、部屋の壁を埋め尽くしている本棚いっぱいに、ぎっしりと収納してある本の数々を見た。
それは岩波文庫のような純文学からライトベルまで、何でも揃っている。
「あ……」
その時、声が漏れた。
そして、つい、一冊の本を手にしてしまった。
「江國香織さん、好きなの?」
料理の皿を運びながら、紘子先輩が声をかけた。
「え、ええ。すみません、勝手に……」
紅羽は謝罪した。
しかし、
「この『ホリー・ガーデン』が特に好きなんです。何度も読み返しました」
嬉しそうに言うと、
「じゃあ、『冷たい夜に』も好きでしょう?」
「もちろん!」
嬉々として、紅羽は答えた。
そして、話は江國香織論に発展していった。
そんな会話を交わしながら、二人は、紘子先輩得意の「キムチ鍋」をつついた。
「嬉しいわ。こうして本の話ができる可愛い後輩ちゃんができて」
紘子先輩は、本当に嬉しそうに顔を上気させた
「私も……紘子先輩のような優しい先輩がいて良かったです」
紅羽は小さな声で答えた。
「ところで。次の部の季刊誌。春号に原稿間に合いそう?」
その紘子先輩の言葉に、紅羽は詰まった。
「あの……自己紹介だけではだめですか?」
「ダメてことはないけど。他のみんなは、書く気満々だったじゃない」
そうなのだ。
松永君は、純文学。小田絵梨華はファンタジー、長谷川心乃は、童話を次の「アセンブリー」までに書いてくるらしい。
もちろん、他の先輩方も新作だ。
「わ、私……。実は書いたことないんです。読むばかりで……」
遂に、紅羽は、真実を打ち明けた。
しかし、
「書きたくはないの?」
と、紘子先輩は、優しく問うた。
「いえ! 書きたいんです。でも、どうやって書いたらいいのかが……」
「じゃあ、短いお題小説でも書いてみる?」
「お題小説?」
「そう、例えば「雨」から連想される一場面。どう? 書いてみない? どうしても詰まった時は、私がフォローするから」
相変わらず、優しい愛嬌溢れる紘子先輩の瞳を見ていたら、なんとか書いてみよう、と挑戦する気になった紅羽だった。




