真実の友
香月よう子side
「あー、なかなか面白い講義だったけど、朝九時から一コマ・九十分てのは、やっぱ堪えるわねえ」
佳が、うーんと背伸びをし、肩をほぐすようなしぐさをした。
午前九時から始まった一時限目の「教育概論」が、今、終わったところだ。
「だよなあ。俺なんて、もう一時間が限度。そんなに集中力続かねーよ」
げんなりといった表情のうのっち。
「そう? 私は、あっという間に講義終わった気がするんだけど。竣は?」
紅羽が、竣に話の矛先を向けた。
「そうだな。高校までは六十分授業だから、いきなり九十分はしんどいけど、ま、すぐ慣れるさ」
竣は、楽観的にそう言った。
「で、二コマ目は、「第二外国語」だけど、皆、何取ったんだ? 俺は、ドイツ語」
竣が、皆に問うた。
「私もドイツ語」
「俺も」
紅羽とうのっちはそう答えた。
しかし、
「私は、フラ語よ」
と、佳が何気なく言った。
「フ、フラ語?……フランス語のこと?」
紅羽が目を丸くして言った。
「そう。うちの中・高等科、フランス語必修だったの。だから、大学の第二外国語程度なら楽勝よ」
自信ありげに、佳はふふふと笑った。
「はあー、やっぱ、お佳て「お嬢様」かよ」
「そういうあんたは「大貧民」?」
「あ、またひでえ~!!!」
二人の掛け合い漫才のようなやりとりを、紅羽はくすくす笑って見ていた。
その隣で、そんな紅羽を優しく見つめる竣だった。
十二時十分に二コマ目の「第二外国語」が終わると、午後一時まで五十分間「お昼休み」の時間だ。
紅羽・竣・うのっちの三人は、すぐ佳と合流し、「学食」でお昼を食べることにした。
「学食」は、「生協」と連携しているので、カフェ「サティア」同様、価格は信じられないほど安い。
とりわけ、仕送り頼りの貧乏学生の胃袋には味方だ。
ショーウインドーに並べられている沢山の料理の中から、食べたい料理を選び、自動券売機で食券を買う。
それぞれの料理レーンの前に並び、流れ作業で出てくる料理をトレーに受け取る。
勿論、お昼時は、学食は戦場のようなものだから、その前に席を確保しておくことは忘れない。
四人は、うんざりするほどの人の波に押されるようにしながらも、メニューをゲットし、席に着いた。
紅羽は、日替わりの「コロッケとヒレカツ定食」。
竣は、「かつ丼定食」。
うのっちは、「カレーライス大盛」。
そして、佳は、「オムライス」と「ミックスサラダ」をオーダーしていた。
とにかく、四人とも、講義初日。
テンションは高いが、半日にして既にバテも来ていた。
軽い会話を交わしながらも、とりあえず食べることに専念する。
「あー、やっぱ、食うもん食うとエネルギー充填するよなあ」
大盛りカレーを食べ終わって、開口一番、うのっちがそう言った。
「あんたって、ホント、頭も筋肉で出来てるんじゃない?」
それは凄みのある美しい流し目で、佳がうのっちをからかう。
「紅羽もさあ、何かこいつに言ってやってくれよ!」
うのっちが紅羽に救いの手を求める。
「え? でも、お似合いよ」
紅羽は、やはりくすくすと笑いながらも素で答えた。
「「はあ~~~?!?」」
大仰に、二人の声が重なった。
「何で、俺がこんなデリカシーのない女とお似合いなんだよ、紅羽!?」
「それは、こっちの台詞よ!」
あわや一触即発の場面だ。
「まあまあ。そのくらいにしとけよ」
どういうわけか機嫌のいい竣が仲裁に入った。
「「ふんっ!!」」
佳もうのっちも互いに横を向く。
しかし。
その時、佳がくすり、と笑った。
「あー、おかしい! こんなに怒ったり、笑ったりするの初めて」
「初めて……?」
その佳の言葉に、紅羽が訝った。
「私が初等科から通っていた「静真女子学院」てね。とにかく、没個性。今時、「良き妻・良き母」になれだなんて、いつの時代よ。だから、私、夢を語ったり、こうしてバカやれる大学生活、て憧れだったの。だから、自由な学風の「鳴治館」に来たの。教育学部を選んだのは、正直、偏差値の関係だけど、でも、私だって、いずれは立派に人に教え育てることのできる「教師」になりたい」
佳の顔つきは、いつの間にか真剣なものに変わっていた。
ストイックで、均整の取れている痩せた横顔は、相変わらず、思わず見とれてしまわずにはいられないほど、美しい。
けれど、佳は佳なりに抱えている、抱えてきた人生があるのかもしれない……
そんな佳と、これからの四年間、じっくりゆっくりと時間をかけて、「真実の親友」になれたら。
そう、心から思った紅羽だった。




