初めての幸せな涙 ~ティアドロップ~
香月よう子side
力強く、折れんばかりに
抱き締められ
愛おしく
それは大切に、そっと
触れられて
”愛しているよ……"
それは優しく囁かれ……
”佳……”
そして
彼女はその朝を迎えた。
──────────・・・
名を呼ばれたと思ったのは、夢だった。
開いた瞳の前には、彼の人がまだその優しい両の瞳を閉じ、微睡んでいる。
「遥人先輩……」
思わず知らず呟きが漏れる。
そして、何も身に纏っていない己が身に気付き、慌てたように胸元の薄いリネンのブランケットを躰に巻きつけた。
自分にもこんな眩い「朝」が訪れるなんて。
面映ゆくも嬉しい感情が、そこはかとなく湧き上がってくる。
この朝の感慨はきっと、いや一生、絶対に忘れない。
それは、眩しい清々(すがすが)しい朝だった。
お佳はしみじみ、隣でまだ眠っている遥人の安らかな吐息を、遥人の胸に寄り添いながらじっと聞いていた。
(あ……)
その時、お佳は不意に気付いた。
遥人のシャープな顎のラインに、ごく短い髭が生えている。
お佳は、何か珍しいものを発見したかのような気分になり、その一本を摘んでそっと引っ張った。
「イテ…」
その時、初めて遥人が目を覚ました。
お佳に引っ張られたあご髭を触りながら、
「起きてたのかい……。どうせなら、君の口づけで起こしてくれれば良かったのに」
遥人が普段は見せない何か拗ねたような微苦笑で、そう言った。
そしてその逞しい胸にお佳をかき抱く。
お佳はすっぽりと遥人の胸に収まった。
暖かい胸の鼓動。
その鼓動を特別な想いを持って聴いている。
もう、お佳には、ひと筋の迷いもなかった。
「先輩……」
お佳は呟いた。
「私は、遥人先輩が……」
そこまででお佳の言葉を遥人は口唇で遮った。
「ここから先は、男の僕が言うべき台詞だ」
そう言うと遥人は、お佳の小さな顔を大きな両の掌でそっと包み、
「愛しているよ」
それは真摯な、けれどこれ以上はない程の優しい瞳をお佳の瞳の中に映しながら呟いた。
お佳は、もう泣かないと心に決めていたのに、胸にこみ上げるものを感じ、やはり涙ぐんでいる。
そんなお佳の涙を遥人は口唇で拭い、そして熱く口づける。
益々、お佳の涙は溢れてくるばかりだったが、それは、かつてひと頃長い間、大地やうのっちのことで揺れていた頃の涙とは全く違う。
それは、本当に心から晴れやかな幸せな「TEARDROP」だった。




