美しいライバル
香月よう子side
新学年になってから初めての部活動の時間「アセンブリー」。
お佳の入部しているピアノ部は、「鳴治館大学ピアノ部・新入生歓迎演奏会」を開いた。
一コマ90分のアセンブリーの時間内に終わるよう、出演者は八名。曲も短めの選曲が多い。
その中でお佳は、「副部長」として、第一奏者を務めた。
曲は、得意なショパン。「スケルツォ第三番」。
それは、盛大な拍手喝采を受けた。
トリは、「部長」の「医学部三年・高梨大輔」。
遥人には及ばないものの、ラヴェルを得意とするやはりテクニシャンで、ラヴェルの「水の戯れ」を水際で水と遊んでいるような、清涼感溢れる趣き深い演奏で披露した。
終演後、アセンブリーの終了時間まで約30分。
新入生と部員の交流会が図られた。
新入生の疑問や不安に応えるべく、部員が丁寧に、優しく接する。
「岡田先輩」
その時。
ある新入生が、お佳に声をかけた。
「はい?」
「あなたのショパン、美しいけど、間違ってると思います」
その一言で、その場が凍り付く。
(誰だ? 岡田さんにそんなことを言うのは?!)
皆が一度に注目したその新入生は、中性的でやや小柄なスレンダーの肢体。およそ無駄な肉は全くついていない。ショートカットの黒髪で、鼻梁がすっと通り、肌も透き通った美しい学生。ミリタリー系パンツルックで、ぱっと見では、男性か女性か見分けがつきにくい。
「あなたは……?」
「医学部一年の中井優斗です」
およそ新入生とは思えない落ち着き方で、優斗は続ける。
「あなたのショパンは、言ってみれば「演歌」です。情には訴えかけるけど、基本的なテクニックは間違いが多い。そんな基礎的なことをおろそかにするクラブですか? この大学のピアノ部は」
場がざわめく。
その時。
「そこまでだ、優斗」
間に入ったのは、遥人だった。
「お前は……。もめ事を起こすなとあれ程言っていただろう」
遥人が溜息をつきながら、言う。
「兄さん」
(兄さん……?!?)
場に更なる動揺が走る。
「……ああ。紹介するよ。僕の二歳年下の弟……」
「中井優斗です。一浪したので一年ですが、本来は岡田先輩と同じ年です」
明らかにお佳に敵意の見える目で、優斗は言った。
それは、ピアノ部にとっても、お佳にとっても一波乱を予感させる鮮やかな登場だった。




