君が欲しい
香月よう子side
お佳は、何も応えることも出来ず、ただ身を固くする。
遥人はお佳を正面に向かせると、強引に口づけた。
その反動で、お佳の身からスウェットパジャマのズボンが滑り落ちる。
お佳はただ震え、遥人から無意識に逃れようとしたが、両手首を掴まれ身動きが出来ない。
見つめ合う。
遥人はいつもの優しい遥人ではなく、完全に「男」の顔をしていた。
しかし。
遥人は、自分からお佳を解放すると言った。
「そんなに、怖い……?」
遥人の黒い瞳が、涙を浮かべているお佳の主張し過ぎない奥二重の大きな瞳を見つめた。
遥人には見抜かれているのだろうか。
実は、人一倍臆病な自分を……。
「抱き締めるだけだから。おいで」
そう言うと、遥人は部屋の片隅のシングルベッドに入り、尚、お佳をみつめている。
ふらふらと吸い寄せられるように、お佳はベッドの中の遥人の隣に横たわった。
そんなお佳に覆い被さるようにして、遥人はお佳に口づけると、そっと大事にお佳を両腕で抱き締めた。
「僕はいつもこんな匂いなのか?」
「え……?」
「君の髪。シトラスの薫りがする」
そう言うと、遥人はお佳の長い髪を一筋すくった。
「でも。やっぱり君は君の薫りだ」
それは愛おしそうに、遥人はお佳の躰に触れる。
「まだ。君は……。あいつのことを忘れられないのか」
だから、耳元の遥人の囁きを、お佳は意外な想いで聴いていた。
「もう昔のことです……」
と、お佳は答える。
しかし、また涙が溢れて来た。
もし。
もし、これがあの頃、あの大地であったら、すんなりと抱かれていたのだろうか……。
しかし、考えたところで答えなど出るはずがない。
大地とは結ばれず、今、目の前にいるのは遥人だ。
今や遥人は、お佳にとって尊敬するだけの相手ではなく、誰よりも自分に優しい良き理解者だ。
どこまでもついていきたいと思う。
それなのに……。
大人びているようで、自分はまだまだ子供だ。
お佳は痛感する。
そしてこれが、極めて理性的な遥人でなければ、とっくに無理やり強引に抱かれているところだろう。
「君がそれほど怯える限り。僕は君に手を出さないよ」
不意に遥人が呟いた。
「ただ、抱き締めさせてくれ」
遥人は、お佳を折れんばかりに抱き締めた。
「僕は……君が。君だけが欲しい」
その切なく狂おしい遥人の告白を、お佳は遥人にただ抱きすくめられるまま聞いていた。
外の雨はしとしとと止むことなく、お佳にはどうすることもできないやり切れなさばかりが募る春の夜だった……。




