絆のリストバンド
香月よう子side
春休みになって紅羽は、バイトの時間を増やして働いたり、大学の図書館で勉強したり、読みたい本を読んだりし、小説を書いたりもしながら過ごしていた。
遅れた勉強に追いつくために帰省もせず勉強に励んでいるお佳とは、図書館で一緒に過ごすこともあったが、バイト命のうのっちと、書店のアルバイトと、春合宿もあるテニス部の活動にも忙しいらしい竣とは、逢う機会がなかった。
(竣…… 逢いたいなあ……)
大学で毎日逢っていた竣と逢えない春休み。
紅羽は淋しい想いをしていた。
(竣…… 確かもう合宿からは帰ってきてる頃。
テニスコートに行けば、逢えるかな……)
紅羽はそう考え、思い切って竣に、明日の予定を尋ねるLINEを送った。
そして、竣から即レスが返ってきた。
明日は、午後二時から大学のテニスコートで練習があるらしい。
それで、散々迷ったが、紅羽は思い切って竣のテニス部の練習を見学しに行くことにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日。
紅羽は目立たないようにテニスコートを囲むフェンスの隅に立って、こっそりテニス部の練習を観ていた。
テニスのことは疎い紅羽だが、体育会の硬式テニス部の練習はとても気合が入っていて、去年、見学した律響大との合同テニスサークルの緩やかな練習風景とはまるで違うことに圧倒されている。
練習は、基礎的な反復練習から、後半は試合形式の実戦練習に切り替わった。
(あ…… 竣……!)
竣がコートに立ったのだ。
シングルスの男子同士の試合で、紅羽にはよくわからないが、竣はファーストサーブがよく決まり、長いラリー戦にもちこむこともなく確実にポイントを重ね、有利に試合を運んでいるようだった。
「ゲームセット! マッチ・ウォン・バイ・高遠!」
遂に、竣の名前がコールされた。
紅羽はホッとして、竣の雄姿を観ることが出来てとても嬉しい。
しかし、どうやってこの”持参したモノ”を渡せばいいのだろう……と、紅羽が逡巡していた時だったのだ。
「紅羽!」
竣がコートから自分の方へと自然に歩み寄ってくる。
「竣……」
竣に見つかってしまった。
春先のまだ若干肌寒い中でも、竣はびっしょり汗をかき、汗の雫が流れ落ちている。
それは、いつも紅羽が見ている知的で落ち着いた竣とはイメージを異にして、すこぶる男らしく逞しい竣の一面だった。
「何しに来た?」
「う、うん……」
竣に逢いにきた、とはなかなか言い出せない紅羽。
しかし、
「あのね……。竣。これ作って来たの。良かったら食べて……」
そう言って紅羽は、タッパーに詰めた紅羽特製の「はちみつレモン」を竣に差し出した。「はちみつレモン」は、疲労回復効果のある言わずと知れたスポーツ選手にとって定番の差し入れだ。
「紅羽が作ったの?」
「うん……。初めて作ったから、ちゃんとできてないかもしれないけど……」
そう言って、紅羽は俯く。
しかし、竣は早速、蓋を開け、薄くスライスされハチミツに漬けてある檸檬を一枚取って口にした。
「うん! 美味い! イケてるよ」
竣のその表情から言って、お世辞ではなさそうだ。
「良かった……」
紅羽はホッとして、呟いた。
「あ、それからね。この冷水筒にも私が作ったドリンクが入ってるの。良かったら、これも飲んで」
そう言って、容量750ccの赤い冷水筒を手渡した。
それは、レモンの酸味と塩味が良い感じに交りあい、すっきりとさっぱりした味わいの「はちみつレモン水」だ。
「サンキュ! 紅羽」
竣は遠慮せず冷水筒を受け取った。
ごくごくと豪快に竣の喉が鳴る。
「あー、美味い! 最高! 試合には勝てたし、紅羽の作ったはちみつレモン、マジ美味いよ」
竣のとびきりの笑顔がはじける。
そんな竣の笑顔を見て、勇気を出してここに差し入れを持って来て本当に良かったと紅羽は思う。
「紅羽。もうすぐ練習が終わるから、一緒に帰らないか?」
「いいの?」
「ああ、ここで待ってるのきついだろ。サティアか図書館、どっちで待つ?」
「なら、図書館のいつもの席で」
「わかった。なるべく早く迎えに行くから」
「高遠ー! いつまで立ち話してるんだ? いくらそんなに可愛い彼女だからって、もう後片付けするぞ!」
「ああ、悪い! 今行く!」
竣は答えると、
「はちみつレモン、ありがと! また後でな」
そう笑ってコートの方に再び走って行く。
その時。
うかつにも初めて紅羽は気付いたのだ。
竣が左手首に身に着けているスカイブルーのリストバンド……去年のクリスマスに、紅羽が竣にだけ特別にプレゼントしたものに違いない。
それは、竣と離れている時でも二人を繋いでくれる絆のようで、紅羽には面映ゆくも自然と笑みが零れた。




