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未来へ繋がる絆  作者: 香月 よつ葉
大学1年生
114/160

幸せのパンケーキ

香月よう子side

「おい! 宇野」

「なんすか? 先輩」


 うのっちが、引っ越しセンターのアルバイトに来て、更衣室で作業着に着替えている時、先に来て一仕事終わったらしい先輩スタッフからそう声をかけられた。


「これ。この前、みんな金出し合っただろ。女子スタッフへのホワイトデーのお返し」

「あれですね。へー、クッキーか何かですか?」

 大きな紙バッグに、大きなクッキー缶と思われる箱がふたつ入っている。

「ああ。買い出しに行ったのは俺だけど、俺、今日は彼女とデートでもう帰るから、お前、女子更衣室に持って行ってくれないか? 男子スタッフ一同から、て言って」

「え、女子更衣室ですか?」

「ああ、渡すだけでいいから。どうせお前は予定のひとつもないんだろ? じゃ、頼んだぞ」

そう言うと有無を言わさず、彼は紙バッグをうのっちに押し付けて更衣室を出て行った。


「まったく、何で俺なんだよ。大学生スタッフは他にもいるだろ」

 そうブツブツ言いつつも、うのっちは女子更衣室へ赴いた。


 少し、緊張する。

 男性バイトが、女子更衣室の前をうろうろしていたら、それは不審者だ。

 しかし思い切って、うのっちは部屋のドアを大きく叩いた。


 すると、中からなんと詩織が作業着姿で出てきたのだ。


「宇野さん、こんにちわ。何か御用ですか?」

「あ。えーと。その、これヴァレンタインデーのお返し」

「え? 私にですか?!」

 それはもう嬉しそうに、詩織はくりくりした大きな目を輝かせて、そう言った。

「あ……。ごめん。違くて、男子スタッフ一同から、女子スタッフ一同へ。なんだけど……」

 まずい、とうのっちは、思った。

 詩織からは、ちゃんとしたヴァレンタインチョコをもらっていながら、全くお返しというものを考えていなかったのだ。


「……ああ。鳥羽さん。今日、シフト俺と同じとこだよね? バイト終わったらお茶奢るよ。それでホワイトデーのお返してことでいい?」

「そんなお返しなんて気を遣ってもらわなくていいんですけど。でも……。宇野さんとは一度、お茶ご一緒したかったから、有難くお受けします」

 詩織は、それは嬉しそうに笑った。

 その、まるで小動物が笑ったかのような笑顔が可愛いな、と不覚にも思ううのっちだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「宇野さん、お待たせしました」


 バイトが終わると、タイムカードの所でうのっちは先に着替えて、詩織を待っていた。

 今日の詩織の装いは、春めいた白いフレアーミニスカに、紺色のニーハイ、茶色のローファー、淡いピンクのタートルネックのセーターに、赤いダッフルコートというコーディネートだった。


(やべえ。可愛い)

 うのっちは、何故だか赤くなる自分を意識した。 


 しかし、問題は詩織をどこのカフェに連れていけばいいのか、うのっちにはさっぱりわからないことだった。

 普段、お茶すると言えば、大学内の「サティア」か、それか安いセルフカフェばかりで、およそ女の子が喜びそうなお洒落なカフェなど知っているわけがない。


「あー、鳥羽さん。どこか行きたいとこない? あんま高いとこは無理だけど、できるだけ鳥羽さんの好きなお店でお茶しよう」

 だから、それは苦肉の策だった。


 しかし、うのっちがそう言った途端に、

「え?! いいんですか? 私、一度行ってみたいカフェがあるんです」

そう詩織は言うと、「早く行きましょう!」と言わんばかりに、うのっちの着ているコートの端をつまんで引っ張る。

 そんな詩織のリアクションも、うのっちには可愛く思えるのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆



「これこれ! これなんです。ここのお店のパンケーキ、有名なんですよ。一度食べてみたかったんです」


 そう言うと詩織は、それは嬉しそうに、種々のフルーツが添えられ、生クリームのたっぷりかかった四枚もある熱々のパンケーキにナイフとフォークを入れた。


「宇野さんは召し上がらなくて良かったんですか?」

 うのっちは、普段サティアで飲んでいるように、ホットのブラックコーヒーだけをオーダーした。

 甘い物が嫌いというわけではないのだが、このパンケーキは勘弁してほしいと、うのっちは内心思った。


しかし、詩織との話は思いがけず弾んだ。

 それは主に二人共に好きな映画の話が中心だったが、詩織はお喋り好きで、色々な方向へと話が飛んでいく。


 そして、

「でもさあ。鳥羽さん。前から思ってたんだけど、なんで引越センターのアルバイトしてるの? 時給は高いけど、女の子には過酷なバイトだよね」

と、うのっちが何の気もなくそう尋ねた時、

「時給が高いから選んだんです」

 急に詩織は、それまでの真夏の下の向日葵のような笑顔から、真面目な顔つきになった。

「私……学費も生活費も全部自分で賄ってるんです」

「え……?」

 詩織は、レディグレイの紅茶を一口飲むと続けた。


「私、どうしても、将来、福祉に携わる仕事がしたくて。でも、うち、実家が医者で、医師にならないなら大学にも行くな、て言われて、まあ勘当同然なんですよ。でも、私、将来の為にも大学は絶対に行きたくて。それで、少しでも生活費を稼がないといけないから、とりま時給の高い引っ越しセンターでバイトしている、てわけですよ」


 詩織はあっけらかんと打ち明けてくれたが、うのっちには、何とリアクションすればいいのか正直わからない。

 いつも明るく笑い、お洒落にも手を抜かない詩織からは、想像も出来ない話だった。


「しっかりしてるんだね。鳥羽さん」

 うのっちは、学費も生活費も全て親に出してもらってるのに、肝心の成績は落第目前のC判定を食らっている自分を内心恥じた。


「でも、今のバイトは気に入ってるんです。他の女性スタッフの皆さんも、男性スタッフの方々もすごく優しいし。それに……こうして、宇野さんとも出会えたんですから」

 詩織は、また花が咲くように微笑んだ。


 その微笑みが、自分だけに向けられているものなのかは、うのっちには判断できないが、しかし紅羽やお佳に幸せであって欲しいと願うように、詩織にも本当に幸せになって欲しいと、思った。





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