涙のヴァレンタイン・トリュフ
香月よう子side
「どうぞ」
お佳は、シナモン香るホットのロイヤルミルクティーを部屋の中央の炬燵テーブルの上に置いた。
「ありがとう」
そう言うと遥人は、ロイヤルコペンハーゲンの白磁にブルーの柄が美しく、とても上品なカップを口にする。
「先輩……。これを」
口籠もりながら、お佳は大きなオフホワイトの紙バッグを遥人の目の前に差し出した。
「中を見てもいいかな」
「はい……」
バッグの中には、臙脂色のリボンが掛けられた平たく茶色い長方形の箱が入っている。
リボンをほどきながら遥人が、
「フランス語……「Reve De BijouX」。「宝石の夢」、か」
と、呟いた。
「ベルギー直輸入のチョコレート・トリュフで、私の大好きなメーカーなんです。是非、先輩に味わって頂きたくて……」
およそ竣やうのっち達の前では見せないどこか艶めかしい表情で、お佳は遥人を上目遣いに見つめている。
「頂いていいのかな」
「ええ。召し上がってみて下さい」
お佳の言葉に、遥人はトリュフを一粒、口に入れた。
それは甘すぎることなくすっきりした味わいである。
そして、舌の上で淡雪のようにすぐさま溶けてゆく。
その滑らかな食感もチョコレートの風味も、極上だ。
「美味いな」
遥人がもう一粒、口に含む。
「せん、ぱい……?!」
その時。
遥人は強引にお佳を自分の胸に引き寄せると、そのトリュフをお佳に口移しで口に含ませた。
お佳は、あまりの予期せぬ展開に、息も出来ない。
しかし、そのトリュフは咥内の熱で、厭が上にも溶けてゆく。
口いっぱいに広がるトリュフの味を意識しながら、その間中お佳は身じろぎもせず、遥人の胸に抱かれていた。
「佳」
呟くと、遥人は更に口唇を重ねる。
遥人の狂おしい息遣いに、お佳は思わず固く目を瞑る。
そして。
二人が諸共に溶けて重なり合おうとしたその時。
お佳は反射的に、思いきり遥人の躰を両手で押しやっていた。
フローリングの床の上に横たわったままお佳は、なお固く目を閉じ、両腕でその身をぎゅっと抱き締める。
「佳……。すまない」
遥人はそう呟くと、お佳の躰をゆっくりと抱き起こし、その腕でそれはそっと優しく抱き締めた。
そして節太く長い左指で、お佳の茶色いロングの巻き髪を大切に梳く。
お佳は、じっと大人しく遥人の胸の中にいた。
しかし、何故だか涙が止め処なく溢れてくる。
一瞬、走馬灯のように、大地の面影が胸の片隅を過ぎっていった。
そして。
その時だったのだ──────
期せずしてお佳の脳裏に、うのっちの存在が浮かんで、消えた。
「どうして……」
お佳は自分の心が自分でもわからない。
ただただ、声を殺して泣くだけだった。
そんなお佳を、遥人はただ黙って抱き締め続けた。
お佳がこれ以上怯えないように。
お佳の涙が枯れるまで───── ・・・




