それぞれのヴァレンタイン
香月よう子side
竣と紅羽が、サークル棟へと続く道を二人並んで歩いている。
「……ねえ。竣」
「何?」
「宇野君の本当の気持ちって、竣は知ってるの……?」
紅羽がぽつりと言った。
「いや……。俺も正直わからない」
竣は真面目に呟いた。
「あいつは人が好過ぎるんだよ。周りの人間の幸せばかり考えて、自分のことはいつも二の次だ。時々、とてつもなく歯痒くなるよ」
「そうね……。お佳とはお似合いだと思ってたけど、遥人先輩とお佳がお付き合いし始めた以上、もうどうにもならないわよね。遥人先輩とお佳もすごくお似合いなだけに、なんだか。宇野君が可哀想で……」
紅羽の声は沈んでいる。
お佳のお相手として、遥人以上の男性はなかなかいないだろう。
それはわかっている。
だからこそ、身を引くうのっちの胸中を思うと、紅羽にはやりきれない思いがするのだ。
「ま、あいつはなんだかんだでうまく乗り越えるさ」
竣は、その場の空気を変えるように明るく言った。
「あ、あのね…。竣……」
その時。
急に紅羽は立ち止まった。
「どうした? 紅羽」
「あのね……。これ。竣に……」
そう言うと紅羽はおもむろに、深紅の紙で綺麗にラッピングされた平たい正方形の箱をトートバッグの中から取り出した。
「何? これ」
「竣に…チョコレート……」
その深紅のラッピング紙と同じくらい真っ赤になって、紅羽は右サイドの長い黒髪を耳に掛けながら、そう呟いた。
「これも、私が作ったの」
それは消え入りそうな声で紅羽は言う。
「アーモンドチョコ?……じゃないみたいだね」
「うん……。恥ずかしいから、家に帰って開けてみて」
それは実は、プレーンな大きいハート形の紅羽特製チョコレートなのだ。
竣は大事そうに受け取ると、
「サンキュ!」
破顔一笑、はじける笑顔でそう応えた。
「帰宅してから一人で楽しみに食べるよ」
黒いアーモンドシェイプのまなざしで、竣は紅羽を優しく見つめる。
木枯らし吹きすさぶ中でも、この二人の温かい心の絆は揺るがない。
まだまだお互い「愛してる」というようなはっきりとした自覚や告白こそないが、しかし地道に確実に、純情な想いを育んでいく微笑ましい二人だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、一方で──────
「サティア」には、お佳とうのっちが残っている。
「お佳もピアノ部なんだろ?」
「うん。そろそろ。先輩が……」
お佳は、一瞬、言い澱む。
実は遥人から、「サティア」までお佳を迎えに来るとさっきLINEがあったのだが、何故かお佳はうのっちにはっきりとそう告げることが出来ない。
その時だった。
「宇野さん!」
よく通るソプラノの声がその場に響いた。
「鳥羽さん」
うのっちの席に駆け寄ってきたのは、うのっちのバイト仲間のあの鳥羽詩織だった。
「よかった~! 探したんですよぉ」
「俺を?」
「はい!」
詩織は、くるくると表情を変えながら、親しみを込めてうのっちに言った。
「これ。ヴァレンタインのチョコレートです」
「え?! 俺に?」
うのっちは、心底驚いた。
それには構わず詩織は、
「はい! 「EION」のショッピングモールで売ってる安物なんですけど……。でも、一番大きな袋に詰められるだけ詰めてきました。ハートやお星さまやうさちゃんとか。色々な形の小さなミルクチョコです」
と、明るくうのっちに持ってきた金色のラッピング袋を手渡した。
「あ、ありがとう」
嬉しさよりも戸惑いの方が大きいうのっち。
「良かったじゃない、うのっち。こんな可愛い女の子から本命チョコだなんて」
お佳はいつもの麗しい流し目ではなく、何故かうのっちから顔を背けるようにして、そう呟いた。
「ほ、本命チョコ……?!」
うのっちには、にわかには信じ難い。
「あ、あの岡田さん。ですよね?……すみません。私一人ではしゃいじゃって……お邪魔でしたか?」
と、詩織が声を落とすと、
「ううん。全然! 鳥羽さん?だったかしら。うのっちをよろしくね!」
と、お佳はそれは見事に華やかな笑みを湛えて、そう言った。
「佳」
その時。
「遥人先輩」
いつからそこにいたのか、お佳の背後に遥人が立っていた。
「私、これからピアノ部だから。うのっち。鳥羽さん。二人でごゆっくり。……行きましょう。遥人先輩」
そうお佳は落ち着いて言うと席を立ち、遥人の左腕を取りながらその場を立ち去った。
「素敵なカップルですねえ」
何の事情も知らない詩織が、無邪気にほおっとため息をついた。
「ああ、あれ以上のベストカップルはそういないよ」
うのっちは呟く。
「宇野さん。今日もこれから一緒にLL教室で映画、観ませんか? 私、今日は「あいびき」が観てみたいんです」
「ああ。あの50年代の恋愛映画か。いいよ。観よう」
そう言うとうのっちは、詩織が持ってきた詰め放題チョコレートの袋と、紅羽がジップロップに入れてくれたアーモンドチョコにクッキー。そして、お佳からもらったトリュフの残りの箱を、さりげなく全てバッグにしまった。
しかし、それらの確かな重みにうのっちは、
(どうしたんだ、一体。今年のヴァレンタインは……)
と、訳のわからない胸に迫りくる想いを、しみじみ感じていた。




