【番外編】 本庄運転手の心の中
菜須よつ葉side
岡田家で車の運転を任されているわたくしは、本庄。
今朝も佳お嬢様とご友人の紅羽様を「八嶋天満宮」の最寄り駅近くまでお送りするときの車内の中では、佳お嬢様は楽しそうに生き生きして紅羽様との会話を楽しんでおられた。
会話の内容からすると八嶋天満宮の最寄り駅で待ち合わせているのはそれぞれの殿方。
紅羽様のお相手は「竣さま」という殿方らしく佳お嬢様とも、ご学友のようだ。
佳お嬢様の殿方は「遥人先輩」という名前のお方らしい。
どのような方なのか、この目で見ておきたいと願っているが、駅構内なら無理であろう。
「佳お嬢様、まもなく到着致します」
佳お嬢様にそう伝えると、佳お嬢様は
「はい、ありがとう」
佳お嬢様は軽く返事をして紅羽様にお声をかけていらっしゃった。
「紅羽? なんか落ち着きがないわね」
「緊張してきちゃった」
「はっ? 何を今さら。待ち合わせなんていつもと変わらないじゃない」
「いつもと違うよ。着物なんて着てるし……。ドキドキが止まらないよ」
「何いってんの? 見せつけてあげれば良いじゃないの。私だって着物くらい着れるのよ。くらいの自信持って堂々としてなさいよ」
佳お嬢様が、紅羽様を叱咤激励だとは思われるが、紅羽様がだんだん小さくなっているように感じて助け船を出す事にした。
「佳お嬢様、紅羽様が困っておいでですよ。佳お嬢様は着物は日常茶飯事でしょうが、紅羽様は初めてのお着物でございます。緊張していらっしゃって無理はないかと思われます」
「あらっ、そんなものなの?」
「左様でございます」
佳お嬢様は、わかったようなわかっていないようなそんな表情をしておいでだった。
「佳お嬢様、紅羽様、到着致しましたよ」
車から降りて後方の扉を開けてさしあげた。
「本庄ありがとう助かったわ」
「本庄さん、本当にありがとうございました」
「お気をつけていってらっしゃいませ」
お二人が車から降りるのを確認して、扉を閉めてお二人を見送り屋敷へ戻る。
◇◆◇◆◇◆◇◆
その数時間後
佳お嬢様と紅羽様をお迎えにあがったときに、私は見てはいけないものを見たような気がした。
あの佳お嬢様が殿方に抱き締められて頬を紅く染められているところを見てしまった。
暫くして佳お嬢様と紅羽様が車に戻っていらっしゃった。
「お帰りなさいませ」
「本庄、ありがとう」
「本庄さん、本当にありがとうございます」
「さぁ、お乗りください。帰りますよ」
お二人をのせて岡田邸へ向かう。楽しそうにしていらっしゃるお二人には微笑ましいが、殿方との抱擁は、私の目には毒である。
無事に岡田邸へ着き、お二人は賑やかにお部屋へ戻られたのを確認して、部屋に戻ろうとしたときに奥様に声をかけられた。
「本庄、今日はご苦労だったわね」
「いえ、わたくしの仕事でございます」
「本庄、佳さんはどうでした?」
「どうと言いますと?」
「何か、佳さんの事で楽しいこととかあったのかしら?」
「わたくしは、送迎でしたので何も」
「あらっ? そうなの?」
「はい。わたくしは何も見ておりません」
わたくしは早くこの場を離れたかった。奥様へあのようなことを話せない。殿方との抱擁は……。
わたくしは、何も見ていない。殿方との抱擁は紅羽様だったと思い込もう。そうだあの抱擁は紅羽様。紅羽様が……。
そう思い込もうとしても佳お嬢様の紅く染められて嬉しそうになさっているお顔が脳裏に焼き付いている。
……わたくしは何も見ておりません。なにも。
本庄の心の中は色々と葛藤が渦巻いていた。




