彼のお城で二人きり。
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「取って置きのコーヒーを用意するから、座って待ってて」
店に入るなりカウンターに戻り、いつも通りのエプロンを身につけた薫は、慌ただしく一からお湯を沸かし始める。
「この水ね。ある神社で霊泉って呼ばれてる所から分けてもらってきた御神水なんだ。
勝負事の前には必ずこの水で入れたコーヒーを飲むのがいつものお約束」
沸いた湯をケトルに移し、目の前でじっくりとドリップしていく。
「ただの験担ぎかもしれないけど、なんか効きそうでしょ?」
はいどうぞ、と差し出されたコーヒーは、確かにいつもより澄んだ色をしている…ような気がした。
「あ、雛ちゃんは猫舌だからミルクがいるんだよね。はいどうぞ」
猫舌だなどと公言した覚えは無かったが、いつも少し冷めたカフェオレを飲んでいたのを覚えていたらしい。
「…これ飲んだら、もしかすると昨日の夢の続きが見れたりするかもしれないね?」
冗談のつもりなのだろうが、その言葉に少しだけドキリと胸が高鳴る。
夢の続きなど望んでみれるものではないが、正直、あの夢だけはもう一度最後まで見てみたいと思ってしまったのだ。
そして扉を開けたのが誰だったのかを知りたい、と。
案外テレビで見た芸能人の顔をしているかもしれないし、いかにもな王子様が出てくる可能性だってある。
「でも、ちょっと変だね」
「…何がですか?」
夢が理不尽なのは当然だと思う。
「ほら、眠り姫にしろ白雪姫にしろ、お姫様って王子様に出会ってから初めて目を覚ますものじゃない」
でも雛ちゃんの夢の中では王子様が現れるまえにもう目が覚めちゃってるんでしょ、と。
そう言われ、それもそうかと納得してしまった。
確かにそれでは王子様の出番がない。
…だが、それはもしかすると。
「私がお姫様じゃなくて魔女だから…かな」
「なにそれ」
「お姫様は王子様にキスで起こして貰えるけど、魔女を起こしに来る人は居ないから、自分で起きるしかなかった…とか」
それが本当ならロマンのない夢だ。
自分にはピッタリかもしれないが。
渋い顔で雛子の話を聞いていた薫は、自らの胸をどん、っと叩き、ニコリと笑う。
「安心してよ。雛ちゃんみたいなかわいい魔女なら僕が必ず起こしに行くからさ」
「店長さん…」
「薫」
そう呼ばないとテコでも動かないと顔にかいてある。
「薫…さん」
「えへへ~。なぁに、雛ちゃん」
「もしかして影で私のことヒヨコって呼んでます?」
「え」
なぜ今それを。
「いや、なんかこのままだと雰囲気に流されそうなので…」
「流されようよ!そこはほらどこまでも流されていこうよ!」
「いやぁ…」
「雛ちゃんの意地悪!頑固者!」
「悪かったですね、頑固で」
んじゃあそろそろ、とイスから腰を浮かしかけた雛子を、慌てて薫が引き止める。
「ウソウソ!雛ちゃんは素直ないい子!僕の可愛いヒヨコちゃん…ってあ」
「現行犯」
「ううっ。雛ちゃんが苛めるぅ」
この様子では常習犯に違いない。
まさか美智の前でも言っていないだろうなと怪しむが、恐らくは黒だ。
「薫さん、私はひよこではありません。雛子です」
「知ってるよぅ。でも可愛いじゃない、ヒヨコちゃんって」
「ハタチ過ぎた女に対して称する名前じゃありませんが」
「僕なんてもう30過ぎてるからいいんです」
そんな問題か、と呆れ返った。
「っていうか、それ、雛子って呼んで欲しいって意味だったりする?」
「びっくりするほど前向きな意見をありがとうございます」
「お願いだから追い討ちかけないで。あと、その冷たい感じの受け答えもやめようよ~リラックスリラックス」
ね?と自身も大きなマグカップに先ほど入れたコーヒーを注ぐと、ブラックで一気にあおる。
「だってさぁ、雛ちゃんって名は体を表すというか、なんかどことなく生まれたてのヒヨコみたいなイメージなんだよね。しかも超頑固で、こうと決めたら他の物は受け付けません!って感じ。
ほら、ヒヨコって一番最初に見たものを親と思い込む習性があるでしょ、正にあれ。
こっちがどんなに可愛がって世話を焼いても、プイってそっぽ向いて最初に見た相手の方に駆けてっちゃう」
「……」
「僕的にはもっと構って!僕のほうが大切にするよ!!って声を大にして言いたくなる」
それはつまり、元彼の話だろうか。
心当たりがあるだけに気まずい。
美智の話では、どうやら彼はずいぶん前から自分のことを思ってくれていたらしいのだが…。
「…私が初めにこの店にやってきたのって…もう3年くらい前でしたっけ…」
「そうそう!雪の寒い日!転んで服をドロドロにしながら申し訳なさそうな顔で店に入ってきたんだよね。
…実はあの情けない顔が僕のツボでさぁ。もう「いい子いい子!何も心配しなくていいよ!」って撫で回したくてしょうがなかったんだ」
「変態ですか」
まさかの最初から発言に慄く。
「雛ちゃん限定だって。まぁ、一目惚れかな」
「あの時、雪と泥水で全身汚れてた挙句に寒さに震えて顔は青白いし、周りからはまるで幽霊でも見るような目を向けられてたんですけど…?」
「幽霊なんてそんな。うるんだ瞳で見上げられて「入ってもいいですか…?」なんて心細そうに聞かれちゃったらもう僕庇護欲フルスロットル状態よ」
どうにも彼と自分との認識に大きな隔たりを感じるようだが…下手に追求すれば藪蛇な予感がする。
確かにあの日、ここに来る前の道で滑って思い切り腰を打ち、全身泥だらけで困りきっていたのだ。
たまたまこの店を見つけ、タオルの一つでも貸してはもらえないかとダメもとで声をかけてみたところ、雪でほかに客がいなかったということもあってか、非常に甲斐甲斐しく面倒を見てくれた。
おまけにその格好で歩いて帰るのは無理だろうとその場でタクシーを呼んでくれ、到着するまでずっと無駄話に付き合ってくれたり。
あの時ほど人の優しさが身に染みたことはなかったのだが…。
「あの時さ、ドロドロの服の代わりに僕のシャツを貸してあげたでしょ?あれがもう本当、ダメ押しだったね。
今すぐ押し倒したいっていう欲求と戦うのに必死」
「…綺麗な思い出を欲望で汚さないでもらいたいんですけど…」
涙が出るほどの感激を返せ。
まさかの下心全開。
今ここで泣きそうな事実である。
「いやでもさ、僕頑張ったでしょ!?アプローチしてもなかなか気づいてもらえないからお友達のミッチイ相手に取引して色々協力してもらった…ってあれこれもまずい!?」
あわわ、と自らの自白にあせる薫だが、それは既にもう知っている。
だが、取引とは何の事だ。
「…ミッチイに雛ちゃん情報を教えてもらう代わりに、彼女の趣味に付き合って一緒にコミ○に…」
「はぁ!?」
思わず今日一番の声が出た。
美智、腐ってもいない相手に何をやらせている!?
「コミ○ってすごい人なんだね・・・。初めて行ったけど、色々勉強になったよ」
「それ勉強しちゃダメなやつです。…あ、だからさっきヤンデレなんて言葉…」
「うん。ミッチイに勧められて読んだ本に書いてあった。色々頑張る男性の姿に、僕ちょっと他人事とは思えなくて涙が出てさ」
うんうん、と思い出し泣きしているが、多分それは泣き所ではなく恐怖する所だと思われる。
友人のせい(しかもほぼ雛子が原因)で、変態がさらに行ってはいけない方向へ進化してしまった。
とりあえず美智は後で泣かす、と心に決める。
「雛ちゃんが好きそうなものとか、今気に入ってるものとか…。彼氏がいるって知ってからは、いつ別れても平気なようにいろいろ根回しを…」
「おい」
てっきり美智が余計な気をまわしているものだとばかり思っていたが、まさかの待機状態。
「昨日もね、元カレの結婚式があるって話はミッチイから聞いてたから、まさかその帰りに店へ寄ってくれるなんて思ってなくて、内心結構浮かれてたわけよ」
しかも、雛ちゃんからのデートのお誘いでしょ。
「そりゃ、ここが勝負のかけどころだって思うじゃない」
そしてその結果が、昨日のあれだ。
「逃げられるだろうな~とは思ってたけど、また見事に逃げてくれて」
はぁ、とため息をつく薫。
なんだかものすごく悪いことをしたような気になるが…本当にそうか?
「綺麗にまとめようとしてますけど、それ3年前からストーカーしてたっていう自白に近いですよね」
ばれて~ら。
「……その通りです。ごめんなさい。でももう逃げないでください本当にお願いっ!」
目の前でがばっと頭を下げられ、彼の旋毛が真下に見えた。
「それ、反省してない」
「すみません…」
なかなか上がらない頭に、つい調子にのって彼の旋毛をえいっと親指で思い切り押す。
そして念じた。
「下痢になれ」
読了ありがとうございました。