やられた!
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脱出成功。
裏口からこっそり逃げ出すことに成功した雛子は、現在ハローワークから随分離れたバス停で一人大きく息を吐いていた。
本当はもっと近くにバス停があるのだが、近すぎてすぐに見つけられてしまう可能性がある。
そう思ってわざわざ15分近く歩いて3つほど先のバス停へ 向かったのだが、冷静になって考えればそこまでする必要はなかったような気もした。
自意識過剰だったろうか?
だがいい運動にはなった。それでよしとしよう。
幸い次のバスまでそう時間に空きはない。
それにしても…。
「揃って押しの強い親子だな…」
聞きたくはないが聞こえてしまった「お義父さん」という言葉から推測するにそう見て間違いないだろう。
しかしなぜ彼の父親にまで名前(?)が知れているのか。
何を言われているのか非常に気になる所だが…。
「もう関係ない…よね」
あの店にはもう二度と近寄らないつもりだし、と。
僅かに波立った心を自ら静めて、蓋をしてしまうつもりでいたのだが。
チロリン♪
今度は雛子自身ののスマホが鳴った。
鳴り止まない着信に相手先を確認すると、知らない番号である。
一瞬拒否をしようかと思ったが、先ほどハローワークの職員からなにかの時にはこちらから連絡することもある、と聞かされていたため、念の為にと恐る恐る着信をとる。
そしてそれは正解だった。
「○○○市ハローワークの斎藤と申しますが、望月様の携帯でよろしかったでしょうか?」
「あ、はい」
ほっとして、しかしこんな直ぐ一体何の用かと首を傾げる。
「本日は当施設のご利用、大変お疲れ様でした。
早速なのですが、先ほど望月様のことを是非採用したいとおっしゃる個人経営者の方がいらっしゃいまして…」
「却下で」
「は・・・え?」
脳裏に浮かぶのは、先程別れたばかりの例の男性(自称:お義父さん)
「辞退します」
もう一度力強く宣言し、そのまま有無を言わせず着信を切る。
担当者には申し訳のないことをしてしまうが、こればかりは聞くだけ無駄な話だ。
ハローワークもお役所仕事、流石に勝手に他人の個人情報を売るような真似はできないだろう。
こちらが断った以上、相手方にこちらの情報が伝わることはない…はずだ。
しかし、まさかハローワークの職員まで使って来るとは…。
「侮りがたし」
思った以上に厄介な相手かもしれない。
なんだか無性にそわそわしてきて、早くバスが来ないかと時計を見たその時、再び着信が鳴った。
タイミングから言ってどうせまた同じ相手がかけてきたのだろうと相手も見ずに「はい」と応答したのだが。
『雛ちゃん?』
プチ。
スマホから聞こえてきたありえない声に、無意識に指が着信を切っていた。
だが、着信はすぐにもう一度かかってくる。
しばらく待ってみたが、どうやら諦めるつもりはなさそうだ。
なぜ番号がわかったのか…。犯人は一人しか思い当たらない。
「美智…」
顔を手で覆い、嘆息する。
申し訳ないが、次は着信拒否させてもらおう。
そう思い、仕方なくもう一度着信をとる。
『酷いよ雛ちゃん、さっき僕だってわかってすぐ切ったでしょ?』
「…生憎こちらが番号を教えた覚えのない相手からの着信には応えないようにしているので…」
『そりゃ、勝手に聞いたのは悪かったけど、僕は先に忠告しただろ?教えてくれないなら知ってる人間に聞くからって』
「みっちゃんが喋りましたか…」
絶対にそうだろうと思っての問いかけだったが、以外にも答えは違った。
『ぶっぶー。違います。ミッチィには聞いたけど、口止めされてるからって教えてもらえませんでした』
「え…」
完全に黒だと思っていた相手が白だった。
だが、それではいったい誰が?
『嘘つきな雛ちゃんには教えてあげません。っていうか、もし番号を変えても絶対逃がさないからね!
昨日雛ちゃんがテーブルの上に置いてった忘れ物を見た時の僕の気持ちが分かる?可愛さ余って憎さ百倍ってああいうことをいうんだねぇ、僕納得したよ』
―――言葉の刺がグサグサと心に突き刺さる。
『今、休みなんだろ?有給とってるってミッチィから聞いた。
いい子だから、これからうちの店においで。じゃないと僕、雛ちゃんのストーカーになっちゃうかも』
「…なんですか、その脅迫…」
そんなものに応じると、本当に思っているのだろうか。
『脅迫じゃなくて本当の事だから。惚れてる女に告白した途端逃げられて、はいそうですかと諦められるほど人間できちゃいないもんでね』
ほんの少し、いつもよりトーンの低い声。
「…怒って、ます…?」
『少なくとも喜んではいない』
「…ですよね…」
なんだか間抜けな会話だな、と思いつつも切ることができない自分。
憎からず思っている相手に惚れた女と言われて、喜ばない女がどこにいるだろうか。
――男なんて懲り懲り、そんなのはただのいいわけだ。
でも。
「…行けません」
『何故?』
「自分の中で、踏ん切りがつかないから…でしょうか」
『じゃあ、納得が行けば僕とのことをちゃんと考えてくれるって事?』
「それは…」
自分でも、どうすれば納得がいくかなんてわからないのに。
『じゃあ駄目。雛ちゃんが自分で決められないなら僕が踏ん切りをつけてあげる。
…だから、おいでよ』
ぐっ、っと言葉に詰まった。
なんでここで、素直にうなずけないんだろう。
はいと、答えられないんだろう。
もう自分で自分がわからない。
彼の言葉通り、全て彼に委ねてしまえばいいのだろうか。
『まぁ…嫌だって言っても手遅れだけどね。
そこ、もうすぐ着くから』
「…は?」
『今雛ちゃんがいるのって、○○○ってバス停だろ?ハローワークから少し離れたとこ。
もう見えてるから、そこ』
「え」
『逃げても無駄だよ。僕車だし。っていうか、もう着いちゃった』
キュッと音を立てて、自分のすぐ背後に一台の車が止まったのが分かる。
その後ろに本来乗るバスだった張り付き、本来止まるべき場所を邪魔されブッブーと警告を鳴らしているようだ。
『「雛ちゃん、後ろ見てみなよ」』
ユニゾンするようにだぶる、二つの声。
一つはスマホから、もう一つは彼女のすぐ後ろから実際に聞こえてきている。
なんだ、この新手のメリーさんは。
『「早く乗ってくれないと、バスの迷惑になっちゃうでしょ。僕を犯罪者にするつもり?」』
道路交通法違反で切符を切られちゃうかも、と笑いながらも全然焦った様子などないその声。
「脅しどころか…もうストーキング開始してるじゃない…」
やりやがったな、こいつ。
読了ありがとうございました。