怒りと憎しみが呼び覚ますもの。
「薫……さん……?」
それは、薫であるはずだった。
あの時以来、そのことが二人の間で話されたことはなかったとしても、暗黙のうちに、そうなのだと。
目の前に浮かぶその姿に、思わず手を伸ばしたその時。
「!」
先ほど薫を襲ったものと全く同じ炎が、聖獣の体を一瞬にして包み込む。
意思を持つ瞳が白く濁り、高く燃え上がる体毛に、焼けただれていく皮膚。
――燃えてる……。誰かが、聖獣の肉体を燃やしている!
その事に気づいたとき、雛子の頭にかっと血が上った。
誰がそんなことをした。
誰が許した。
誰の命令でそれをした。
誰だ。
誰だ。
誰だ。
『誰だ!』
あのデパートの時など比ではないほどの怒りが体中を支配する。
――――あれは私のもの。
誰が許可なく傷つけた。
そんなことが、許されるはずなどはないというのに。
『許すまじ、人間どもよ』
こみ上げてくる怒りは、かつてどこかで感じたもので。
『我が庇護すらも、己が欲望の贄とするか』
あぁ、塗りつぶされていく。
怒りで我を忘れるんじゃない。
怒りが、本当の自分<魔女>を呼び覚ます。
「愚かな……」
あぁ、本当に愚か。
聖獣の姿が現れた時には既に、その場に意識あるものは一人として存在してはいない。
薫の人としての意識が失われ、薫の肉体そのものが、聖獣の肉体とリンクしてしまった事で、もはや今の薫は、人とは呼べない代物となっていた。
今あるのは、獣としての本能、それだけだ。
肉体を滅ぼされようとしている今、彼は怒り狂っている。
そしてそれは、雛子――いや、最後の魔女と呼ばれた女も、同じことだった。
破られてはならない聖域。
それを、犯した者がいる。
行ってはいけない、連れ戻せなくなる。
そう薫は言ったが、それは間違いだ。
連れ戻しに行くのは、雛子の役目。
自分が、薫を迎えに行くのだ。
今の自分にならそれができると、本能が知っていた。
「レオナルド・ハイーニャ・カプリス。古に滅びし我が一族の血を引きながらにして聖域を汚せし愚か者に、その償いを」
ゆっくりと下へと伸びてゆく髪。
見据える瞳は、昏い、どこまでも深い紫紺。
闇が、世界を覆い尽くす――――――。




