異変②
コンビニからコーヒーを片手に戻ってきたとき、先に戻っていた薫の様子がどこかおかしかった。
「薫さん……?」
「ごめん、何でもないよ…」
「でも、なんだか調子が…少し休んだほうがいいんじゃないですか…?なんなら家に…」
「大丈夫、心配いらないから…」
「でも…」
明らかに、様子が変だ。
そのまま再び車をだそうとする薫の手を押しとどめ、額に触れると、驚く程に熱い。
「熱があるじゃないですか…!そんな、朝からこんなにひどかったんですか…!?」
「そんなことないよ…熱なんて全然…」
「でも、今のこの熱さは異常です…!すぐに戻って病院に行きましょう!」
「…大丈夫、本当に気にしないで平気だから…」
「そんなわけいかないでしょう!あぁ、もうタクシーを呼びますか?車は後で誰かにお願いすれば…」
このままの薫を運転させるわけには行かない。
それくらい、今の薫の状態は異常だ。
もう一度額に手の平を触れさせれば、若干だが先程よりも温度は上がっているように思う。
これで出かけるまではなんともなかったのだとはとても信じられない。
「もういっそ救急車を…」
連絡をしようと、スマホを取り出したその時。
「ぐうっ……」
「薫さん!!」
急激に苦しみ始めた薫が、己の胸を掻き毟る。
慌てた雛子が薫の腕に触れた瞬間、薫の全身を、青白い炎が包み込んだ。
「なに!?なんなの!」
「…雛ちゃん…離れて…!」
「薫さん…これって…!?」
青い炎は雛子の手も、衣服にもなんの影響も及ぼさず、ただ薫だけをひどく苦しめる。
炎の中で薫の輪郭がゆらぎ、うっすらと浮かび上がるのは全く別の輪郭。
これは――――。
「誰かが…こちらの世界に干渉してきてる…」
「干渉…!?」
「封じたはずなのに…。無理やり扉をこじ開けたんだ」
それは、まさか。
「逃げて、雛ちゃん…!あいつらが聖域を…!うっ……!!」
「薫さん、薫さんっ!!!」
ただ事ではない2人の様子に気づいたのだろう。
車の外で、誰かが窓を叩いている。
悲鳴と、救急車を!という声が聞こえるが、誰もこの車の扉を開けることができない。
崩れ落ちた薫を包み込む炎。
その炎は、すぐそこにいる雛子をも飲み込んでいく。
その奥から、かつて聞いたあの声が聞こえた。
『魔女様』
「……レオナルド……!!」
『どうか、お戻りください、魔女様』
そうか、これをやっているのは彼だ。レオナルドしかいない。
「やめて、レオナルドさん…!薫さんを苦しめないで…!」
『ならばどうか、どうかお戻りを……』
「ダメだ雛ちゃん…。今度あっちに行ったら、僕でも連れ戻せるかがわからない…!」
「でも…!」
「大丈夫、僕は必ず戻ってくる。お願いだ…。どうか、僕を待っていて…」
苦しい息を吐きながらもなんとか顔をあげ、雛子の両腕を掴み、真剣な面持ちで告げる薫。
「くっ…!」
「薫さんっ!」
その体がぐらりと揺れたかと思うと、今にも完全に崩れ落ちそうになる。
それをすんでのところで抱きとめた雛子が、次の瞬間息を飲んだ。
「嘘……呼吸をしてない…!?」
その声とほぼ同時に、彼を包んでいた炎が完全に消え去り、外側からドアが開かれる。
「どうしたんだ!?大丈夫か!」
開かれたドアの先に立つ男に向かって、雛子はありったけの声で叫んだ。
「誰かお願い…助けて…!!息が…心臓が止まってるの…!」




