メリークリスマス
「……なんでこうなったんだろ。僕には全くわからないよ」
「…偶然ですね。私にもさっぱりです」
少なくとも、雄次郎の参加は誰にとっても予想外だった。
めりーくりすます!!
そう書かれた巨大な幕の貼られた店内。
入口には「本日貸切」の貼り紙がされ、中にいるのは身内のみ。
「ひよちゃんひよちゃん!!みてみて!」
「安定の激プリ」
「いいわねぇ~子供って。和むわぁ~」
サンタクロースの衣装を身にまとった慶一が、飛び上がって雛子と美智にその姿を披露する。
ちなみに先程からずっと見ないふりをしているが、そのすぐそばにはサンタよりはるかにでかいトナカイがいる。
「お~いお嬢さん方。僕のことは全く目に入ってないのかな~?おじさん寂しい」
「恥ずかしい!!身内の恥だからお願い見ないで雛ちゃんっ!」
「何を恥ずかしがることがある!僕の取引が特に別に作ってくれた衣装だぞ?なかなかいいクオリティじゃないか」
「そういう問題じゃないのっ!いい歳して!」
カウンターで料理を運んでいた薫は、なんとかしてトナカイオヤジを雛子の視線から隠そうとするが、生憎もうバッチリ視界に捉えてしまっている。
誰もがあえて見ないようにしていただけだ。
「あの衣装…。市販品にしては良く出来てると思ったけど、プロの悪ふざけだったのねぇ…」
プロの悪ふざけ、まさにその通りだ。
ドンキなどの量販店で販売されている品とは比べ物にならず、やたらとイケメンなトナカイには頭の角だけではなく両手両足に蹄、なぜか背中にはプレゼントを乗せたソリの形をしたリュックサックが。
「じゃじゃ~ん!!実は可愛い義娘の為にこんな衣装も用意して…!!」
そのリュックから雄次郎が取り出したものを見た瞬間、薫が普段の顔をかなぐり捨てて手に持っていたトレイを思い切り雄次郎の頭めがけて投げつけた。
「死ね変態オヤジ!」
「だが断る!」
はっは~と笑って逃げ回る雄次郎。
「……面白い親子ねぇ…。雛、結婚したらあれがお義父さん…」
「やっぱり考え直そうと今思った」
「雛ちゃん!?なんてこと言うのっつ!!」
雄次郎を追い掛け回していた薫が、顔色を一気に変えて雛子に追いすがる。
「ひよちゃんひよちゃん、これきるの??ぼくとおそろい??」
「あ~…それはね……」
慶一が拾い上げたのは、雄次郎が落としていったミニスカサンタコスチューム。
こちらもやけにクオリティが高い。
改めて見ると。
「ここまで来ると美智の方が似合いそう‥」
サンタというよりは、サンタをイメージした真っ赤なロリータ衣装と言ったほうが正しい。
「流石の私もこれはちょっとぉ。……折角の義父様の好意だし、雛、一度くらい着てみたらァ?」
「絶対嫌」
「あらぁ…。残念ねぇ…」
「ひよちゃん、ぼくとおそろい……」
うっ。
お揃いの衣装を着れると張り切っていた慶一が、うるうると目を潤ませて上目遣いに雛子を見上げている。
「駄目だよ雛ちゃん!僕以外にそんな可愛いカッコ見せちゃダメ!」
着るなら二人きりの時にして!と欲望ダダ漏れ約一名。
「望月さん…。申し訳ないんだけど、もしよかったら着てあげてもらえないかな…?慶一、おじさんにそそのかされて今日のこと、本当に楽しみにしてて…。それにその衣装を作った奴、俺の知り合いなんだ。おじさんが望月さんの写真を見せてオーダーで作らせたらしくて…」
「「…写真?」」
薫と二人、完全に声がかぶった。
「雄次郎さん、写真なんていつの間に…」
「本人の許可も得ずに写真を撮ったの!?」
バンとテーブルを叩いて雄次郎に詰め寄る二人。
だが当の雄次郎は飄々とした様子で…。
「作家も喜んでくれたしまぁいいじゃないか。僕としては折角なんだからかわいい義娘にはちゃんとしたオーダー品を着せてあげたくて…。あ、そこの彼女の分もあるよ?」
「私?」
もう1着、再びリュックの中から出てきた衣装に美智も流石に驚く。
「サイズがわからなかったから、後ろのリボンでサイズ調節してね」
そう言って美智に手渡された衣装は、雛子のものとよく似たデザインながら前面に編上げのリボンが使用され、サイズ調整ができるようになっている。
雛子の衣装のデザインが甘めであるのに対して、微妙にゴスロリチックに仕上げてあるのは美智の趣味を考慮してのことだろうか。
「……普通に可愛いわね、これ」
「僕からのプレゼントだから、是非持ち帰ってね!」
満面の笑顔の雄次郎に対し、「この変態オヤジ…!」と薫が一人頭を抱えている。
「折角だから着てみましょ。ね?雛」
「…本気?」
「だって、こんなチャンスなかなかないし…。慶一君、お姉ちゃん達とお揃いがいいのよねぇ?」
「うん!」
「ちょっとミッチィ、それ反則…!」
「いいじゃない店長さん。それに、二人っきりでなんて言ってもどうせ着てくれないわよ?今がチャンスだと思うけど…」
見たくないの?といわれ、うっと薫が押し黙った。
「雛ちゃん、今度二人っきりの時に……」
「着ませんよ」
断言し、悲痛な顔になった薫にもう一度はっきり宣言してやる。
「絶対、着ませんから」
「…!ミッチィ、お願い!!!」
「は~い。というわけで雛、お着替えしましょうか~」
いかにも涙を飲んでという様子の薫をさくっと無視した美智が、「んじゃ、奥のお部屋借りますねぇ~」と衣装片手に雛子の背中を奥へ押し込む。
「みっちゃん…!?私着るなんて一言も…!」
「いいじゃないの。3ヶ月も待たせるんだから少しくらいサービスしてあげないとぉ」
「なんのサービス!?」
「そりゃ勿論…。あら、これパニエもセットになってるわ。さすが」
誤魔化さないで!!叫ぶ雛子の声が、閉まる前にドアから微かに聞こえてくる。
「………純也。お前は見るなよ」
「それ無理だから、薫兄…」
「わ~い、ひよちゃんとおそろい!」
「ちょっと黙ろうな、慶一…。兄ちゃんの命の危機だ…」
満足気な笑みを浮かべる雄次郎をもはや放置し、今までほとんど存在感のなかった純也へ矛先を向ける薫。
慶一の保護者としてここまでやってきた純也は、浮かれた甥っ子を抱き抱え、ぐったりと溜息を吐いた。




