eternite
「最初に言うけどね。僕の女性の趣味って、きっと物凄く悪いんだと思う」
「……はい?」
「ふふ…」
しんみりしている時に、一体何を言い出すんだろうコイツは、と。
呆れているのは一目瞭然だった。
「あのね、あの子と最初に会った時はもうガリっがりに痩せてて、しかも血まみれ。なのに目だけがギラギラに輝いてて、僕が食われるかと思っちゃったくらい」
「…はぁ…」
思っていたのと、まったく違う方向に話が進んでいく。
「普通さ、そんな子好きにならないよね?」
「…でしょうね」
「しかもすんごい人間不信で人見知り。口が悪くて、女の子らしさなんて欠片もないの」
「………」
なんだろう。ちょっと腹が立ってきた。
記憶がないとは言え、これはきっとかつての雛子のことを話しているはず。
本人を目の前にしてこの言い草はちょっとひどいんじゃなかろうか。
「だけどねぇ、あの子を見た時、僕思ったんだ。あぁ、この子は生きてるんだなぁって」
「生きてる…?」
「そう。生きようとしてた。たった一人でも」
僕はもう、諦めちゃってたからさ、と薫は言う。
「夢の最後に見た場所、覚えてる?」
確信をもった問いかけに黙って頷く。
「あの場所ってね、実は墓場なんだ。聖域なんて呼ばれてるけど、本当は単なる僕らの墓」
「僕ら…?」
「あの世界の人間が、聖獣と呼んだモノたちの、だよ。
なんだか随分とたいそうな名前を付けられてたけど、本来の僕らは魔女に作られた番犬だ。
……役立たずもいいところだったけど」
魔女の番犬。…作られた?
それはどういう意味だろう。
「こっちの世界でもあるでしょ?ペットの品種改良。それに近いと思ってもらえればいいよ。
より良い力を持つ番犬を作り出すために行われた実験、その結果が僕達の一族だ」
そして、それには弱点もあった。
「そこもこっちの世界と一緒…。考えればわかるでしょ?珍しい品種の動物は数が少ない。つまり、繁殖力が弱いんだ」
だからこそ高額で取引され、大切に飼育される。
「魔女に庇護されていた時代はよかった。けれど、その庇護を失ってからはあっという間だ。
彼女たちは僕らを守ろうとはしてくれたけれど、番で行動する性質を持った僕らは、番をなくせば直ぐにその命をなくす。…あの子と出会った時、僕は既に最後に一頭だった」
番も存在せず、ただ滅びを待つだけの。
あの場所が墓場だというのなら、それはどれだけの寂しさだったろう。
「だからね、僕らが守るべき最後の魔女を見つけた時も、本当はそのまま見捨てるつもりだったんだ。
静かに眠りたい、ただそう思ってた」
けれど、そうはならなかったのは。
「…気が、変わったんですか?」
「うん」
あの目を見せられたらね、と。
「生きたいと望んでるこの子を、なんとかして生かしてあげたいと思った。
この子一人だけなら、僕の力でも守れるんじゃないかって。
…今思えば、最初は愛とか恋とかそんなものじゃなくて、ようやく見つけた家族…みたいな思いだったのかもしれないね」
それほど、魔女と聖獣とは強い絆を持っていた。
「そして僕はそれを実行し、あの子はあの場所でボクと二人、長い時間を過ごすことになる」
それが、僕らの始まりだった。
「………あぁ、大丈夫?雛ちゃん。眠くなっちゃった…?」
「…大丈夫…です」
眠くはない。なのに、頭がだんだんと重くなる。
「いいんだよ、ゆっくり眠って。時間はまだいくらでもあるんだから」
ベッドに行く?と促され、この頭では話を聞き続けるのも無理があると大人しくうなづいた。
途中、サイドテーブルに置いたままになっていた小さな小箱を見つけ、「あ…」と思う。
「これ……」
「ん?なに?」
差し出された箱を目の前に、薫が首をかしげた。
「クリスマスプレゼントのつもりだったんですけど、色々迷惑かけたし、それはまた、別のものを探すので…」
貰ってください、と。
既にまぶたが半分落ちたまま、こくりこくりと頭を揺らす雛子。
「開けていいの?」
「はい…」
じゃあ遠慮なく、と嬉しそうに包を解いていく薫。
雛子はベッドに身体を倒し、その様子だけを横目で見ている。
薫の様子が変わったのは、箱の中身を開け、それがなんであるのかを確認した時だった。
「雛ちゃん…これは…」
「きーほるだーです…。いつも…くるま…乗せてくれる・・・から」
既に満足にろれるが回らない。我ながら情けない有様だ。
「そうじゃない、このコンチョと文字…」
「だめでした…?」
店で見つけたとき、なぜかすごく気に入って買ってしまったのだ。
インディオの飾りとして作られた、大きなボタンのようなコンチョがついた飾り。
そこに彫り込まれているのは、インディオの女神と、同じくインディオが神と崇める巨大な狼。
それはどこか夢の中で見た神殿のレリーフを思い出させ、懐かしいにさせた。
そこに、さらに彫り込んでもらった一言。
「eternite<エテルニテ>」
「かおるさん…の…おみせの…な…まえ…」
そう、それは薫が店長を務める喫茶店の店名だった。
意味は知らなかったが、なんとなく語呂が良かったし、下手に名前を彫ってもらうよりもそちらのほうがいいかと思ったのだ。
「かお…るさん…?ないて…るの…」
ぽつ…と、薫の瞳から落ちた冷たい雫が雛子の頬を伝い、ベッドを濡らす。
それをそっと拭う薫の手が、少しだけ震えていた。
―――どうして?
そう問いかけたいのに、うまく言葉が出ない。
その代わりに、薫はいった。
「あのね、雛ちゃん…。お店の名前、あれはね、フランス語なんだ」
…へぇ…。そうだったのか。
でも、それでなぜ泣いているのだろう。
「フランス語で、「永遠」って、意味なんだよ」




