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魔獣

正直にいえば、レオナルドとの食事は気が進まないものだった。

だが、了解してしまった以上断ることもできず、支度を済ませ夕食が用意されているという部屋へ向かった。

後ろにはオリビアが当然のように付き従っている。

「雛子様」

待ちかねていたのだろう。

扉を開けたとたん、笑顔のレオナルドに迎えられた。

「先程は大変ご無礼を…」

「いえ…」

下手に出られれば、こちらも強くは言えない。

「雛子さまのお口に合うものがあればよろしいのですが、どうぞこちらへ」

そう言って案内されたのは、豪勢な食事の乗せられたテーブルの前。

椅子は二つ分しかないというのに、明らかに料理の分量が多い。

これはちょっとやりすぎだ。

「これ…」

「食べきれぬものは後で使用人たちの食事に回りますので心配は無用ございますよ。

お好きなものを召し上がってくださいませ」

雛子が何を気にしているか気づいたのだろう。

オリビアがそっと雛子に耳打ちする。

それに少しだけ安心し、ようやく雛子は席に着く。

テーブルの上に乗せられた食事は、一見して洋食のようだ。

食材を見ても、あまりおかしなものはないように思う。

専用のトングのようなものを使用し、好きなものを取るバイキングのような形式のようだ。

普段からこうなのか、それとも好みのわからない雛子の為にそうしたのかはわからないが、確かに少しずつ食べるには助かる。

一つ難点があるとすれば、自分の手で料理を取り分けるのではなく、一々係りの人間に取ってもらわなければならないことだが…それは仕方ない。

ここはお城、普通のホテルのバイキングに来ているわけではない。

「美味しい…」

一口食べて、思わず口をついてでた。

ほんの少し緩んだ口元を、レオナルドが目ざとく見つけ、「お気に召したようですね」とにこやかに笑う。

「敬語…」

「これは失礼…いや、すまなかった」

いつの間にかまた敬語に戻ってしまっていることを訂正すると、雛子は黙々と食事を続ける。

悔しいけれど、かなり美味しい。

ある程度食事を終えたところで、ほとんど黙ってこちらを眺めていたレオナルドがようやく口を開いた。

「雛子様。食事のあとでジョサイに何か頼みごとをしたと聞いたが…?」

「神殿に連れて行って欲しいと言っただけです」

どうせ詳しく聞いているだろうに、わざわざ詳しく説明する気もない。

「何をご覧になりたいと?」

「…また敬語…」

「失礼」

もういいです、と諦めの言葉とともにため息を吐きながら、雛子はちらりとジョサイを見る。

「ただ、どんな場所に自分がいたのか確認したかっただけです」

「…それだけですか?」

「…他に何があると?」

むしろこちらから尋ねれば、「いえ、確認をしただけです」と即座に答えられる。

確認。一体何のだ。

「神殿…っていうのは、ここから遠いんですか?それならできればすぐにそちらに向かいたいんですけど」

夕食後とは言われたが、あまりに夜遅くなっては移動も面倒だ。

「心配いりません。城と神殿とは渡り廊下でつながっておりますので…」

「隣り合ってる…ってことですか」

「いえ。正確には、神殿を中心として城が存在するように建て替えられたのです。少しでも己の近くに魔女様をと考えたのでしょう…」

「柩だけ動かせばよかったんじゃないですか?わざわざ神殿ごとくっつけなくても…」

というか、そもそも神殿など作る必要があったのか。

「神殿は元々別に存在していたのですよ。古くは別の神を祀っていた場所をそのまま再利用した形になりますね。…あの柩は、誰にも動かすことができなかったのです」

「動かせなかった?」

どういうことだろう。結界が張ってあって触れなかった、という話は聞いたが。

「魔女王は、あの場所に自ら結界を張るとその場で眠りにつき、誰にも己を触れさせようとはしなかった。雛子様がお目覚めになるまで、誰も結界に触れることすらできなかったのです」

そんな状態で、移動などできるはずはない。

「ちなみにその、以前祀っていた神様…というのは…」

「今はもう存在しません。既に数百年前の話ですから、もはや忘れ去られたといってもいいでしょう。かつてこの国を支配していた王族が祀っていた神と聞いています」

その言葉に、あまりよくない想像が頭をもたげる。

もしかして、神ごと一つの民族を駆逐したということではないのか。

日本でも、古くは行われたことだというが…。

それを行ったのがかつての自分だというのは考えたくはない。

「王!大変です!」

突然、広間の扉が開かれた。

「何事だ…?」

「魔獣が…!魔獣が現れました!」

「何!?」

魔獣………?

それは確か、死んだ魔女の亡骸から発生したという…。

「申し訳ございません、魔女様。少々席を外させていただきます…」

「え…」

言うなり、さっと席を立って駆けつけた男のもとに去っていくレオナルド。

「被害状況はどうだ」

「…すでに数人が犠牲に……ですが、鎮圧には成功しております」

「そうか、よくやった…」

扉の向こうにさりながら、真剣な顔つきで話すレオナルド。

「…これは、とんだことになりましたなぁ…」

「ジョサイさん…」

そういえば、この老人がいた。

「魔獣って…」

「……雛子様が眠りにつかれてから早数百年。再び瘴気がおこり、澱み始めたということです…」

「つまり…」

「魔獣を倒せるのは、今もなお、魔女である貴女様と…その加護を受ける王しか存在致しません」

「…!」

つまり、レオナルドは魔獣を倒すために出て行ったのか。

たった一人で?

「ご安心ください、雛子様。これは今日に限った事ではございません。

これまで、王が傷を負ったことは一度もなく…。今のところ、瘴気の発生もまだ小規模」

レオナルドに倒せない相手ではないのだとジョサイはいう。

「私も…行ったほうがいいのでは…?」

「いえ。雛子様はこちらに。貴女様を失うことほど、恐ろしいことはございません。

この程度の瘴気で抑えられているのも、全ては貴女様という存在あってのことです」

雛子がそこにいるだけで、ある程度の瘴気は自動的に浄化される、そういうことのようだ。

まるで空気清浄機。

「…お食事はもうお済みのようですし。よろしければ今から神殿へお連れ致しましょう…」

「今、ですか」

こんな時に、いいのだろうか。

「どうせ我らには何も出来ませぬ。王を信じて待つことしか…」

決して悔しくないわけではないのだろう。

それを言うのが彼らへの侮辱となることを雛子は悟り、おとなしくそれにうなづく。

今の自分には、瘴気を払い魔獣を倒すことなどできるはずもない。

ならば、ただの足でまといの出番はない。

「お願いします…」

「勿論です。さぁ、こちらへ…」

促され、席を立つ。

先程までレオナルドが座っていた場所に目をやれば、やはり彼の前の食事にはほとんど手がつけられていなかった。

それでも、魔獣の一言ですぐさま立ち去ったレオナルド。

執着していた雛子のことすら置き去りにして早足に向かったのは、国民の為。



彼は確かに王なんだな、と。


そう、思った。



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