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『…ゃん…。…なちゃ…ん。


      て。       …して。

             ざを…………して!!  』




「雛ちゃん!!!!!!」



ガバッ!!!

「薫さんっ!?…ってええっ!?」

驚いた。

薫の声がした気が目覚めてみれば、すぐそこにあったのはレオナルドの金の髪。

「な、なんでここに…」

部屋自体は彼の母の部屋だったという例の寝室で間違いない。

また、あちらの世界に戻りそこねた。

「…でも、あの薫さんの声…」

あれが気のせいだとはどうも思えないのだが…。

「……カオル?」

「レオナルドさん!」

雛子の声に目を覚ましたのか、いつの間にかすぐ横に頭を寄せて眠っていたレオナルドがその名を呼ぶ。

「雛子様。カオル…とはなんのことです?そういえば以前にも同じ名を…」

「…そんなことは後にして…。なんでここにいるんですか!?レオナルドさんっ」

人の寝顔をじっと見ているなど、あまりに失礼ではないかと怒る。

だが、言われたレオナルドはキョトンとした表情を浮かべたあと、しばらくしてようやく思い当たったのか、慌てて頭を下げた。

「申し訳ございません、雛子様…!これまでの癖が抜けきれず、つい同じように………」  

「…つい、って…」

「貴女様が目覚められるまで、ずっとこうして眠っていたもので………」 

「ずっと!?」

「…はい」

途中から明らかに自分の分が悪いことに気づいたのだろう。

さすがのレオナルドも気まずげだ。

意識がない状態ならともかく、今の雛子にとってはとんだ赤っ恥である。

「もう絶対やめてください。絶対!」

「…わかりました」

「絶対ですよ!?」

「…はい」

どことなく拗ねたような口調なのが気になる。

「…私にとっては習慣のようなものだったので…」

「……」

「申し訳ございません。ですが、万が一雛子様がお目覚めにならなかったらと思うと居てもたってもいられず…」

必死に誠意を説こうとしているレオナルドには悪いが、少し気分が悪い。

「夢にはもう戻れないといったのはあなたでしたよね」

「………それでも、心配でしたので…」

言い訳を繰り返すレオナルドに、雛子がポツリとつぶやく。

「まるで見張られてるみたい…」

「そんなことは!」

慌てて否定するレオナルドを置いて、雛子は寝台から立ち上がった。



                   ※


「まぁまぁ、私が付いていながら雛子様には大変ご不快な思いを………」

「とりあえず、私がいいと言わない限り、あの部屋には誰も入れないでくださいね」

後から入ってきたオリビアに、それだけは厳命する。

「勿論でございます。……陛下も我々も、雛子様が目覚めたのだという、その実感がまだできていなかったのかもしれません……」

だからこそ、雛子が眠る部屋にレオナルドが立ち入ることを誰も咎めはしなかった。

それが日常だったからだ。

そこに雛子の意思が存在することを失念していた。

当然だが、目覚めた以上雛子にだって自分のの主張がある。

そこへまた、扉が叩かれた。

雛子の怒りを恐れ、先程粛々と立ち去ったレオナルドがまた来たのと思ったが、どうやら違うらしい。

オリビアが少しだけ扉を開け、相手を確認し振り返る。

「神官長でございます。…雛子様、どういたしますか?」

ちょっと考えて、雛子はうなづいた。

「通してください」

「では…」

開かれた扉から現れたジョサイは、椅子に座ったままの雛子を視界に入れるなり、すぐさま膝をつく。

そしてすっと立ち上がると、「雛子様におかれましてはご機嫌麗しゅうございますかな?」と微笑んだ。

「どうやら早速陛下が何かしでかしたようで…。しょんぼりした顔でこちらに参ったものですからな」

「…陛下…」

額に手を当て、ため息をつくのはオリビアさんだ。

乳母だけあって、彼女にとってレオナルドはどうやら息子のような存在らしい。

「大方雛子さまの意思を無視した振る舞いでもなさったのかと想像したのですが…」

「……当たりです」

そのまんまだ、とこちらもため息をついた雛子に、「全く陛下もしようのない…」とジョサイが己の髭をなでつける。

「雛子様。どうか、この老人の話に少しお付き合いいただけませんかな」

ムキムキの肉体ながら、人好きのする好々爺といった雰囲気を前面に押し出したジョサイの提案に、オリビアが視線だけで「どうしますか?」と雛子の意思を問うてくる。

だが、こちらとしてもどうせ話を聞こうとは思っていたのだ。

そちらから出向いてくれたのなら好都合である。

「どうぞ。よかったらその椅子に…」

空いている席を指すと、早速動いたジョサイが、「では失礼を…」と闊達な様子で椅子に腰掛ける。

「不躾ついでというわけではございませんが、雛子様はお食事の方はもうお済みですかな?」

「いえ…」

ここに来てから眠りっぱなしで、お腹がすいた気すらしていなかった。

だが、言われてみればまだ一度も食事を取っていない。

今が何時かすらさっぱりだ。

「あの…」

「なんでしょう?」

「今って、朝なんですか?夜なんですか」

それすらも曖昧な雛子に、ジョサイは驚いた顔をしたものの、すぐに納得をしたのか、「まもなく夕刻でございます」と時間を示す。

「時計…みたいなものはここには…」

「ございますが、魔導を使ったものゆえ、王城の一室に大切に保管されております」

「魔導…」

「時刻を知るのは日の出日の入り、後は昼と夜に、それぞれ3つずつ鐘が」

雛子の感覚からすれば、まるで一昔前に戻ったような生活だ。

「…それで不便はないんですか?待ち合わせとか…」

「感じたことはございませんなぁ…」

あると思えばないことに不便を覚えるが、初めから存在しなければ疑念を感じることもない。

「雛子様さえよろしければ、夕食は陛下とともにお召し上がりになってはいただけませんか…?

あのような情けない陛下の姿は臣下の者共には見せられませんからな…。

勿論、儂やそこにいる女官長も側に控えさせていただきますぞ」

失礼なことがあれば、直ぐに我々に言ってくれと告げながらも、「陛下には早くしっかりしてもらわねば」と含み笑う。

「雛子様が共に食事をして下さるとなれば、気落ちした陛下もすぐ元に戻りましょう」

まるで馬の鼻先にぶら下げられた人参のような扱いだ。

隠されているわけではなく、バカ正直にお願いに来ている分、悪い気はしないが。

「いかがでしょうか、雛子様?」

「お断りしてもよろしゅうございますよ…?」

雛子に気を使ったのか、本当はそうして欲しいだろうに口には出さないオリビア。


「いえ。お受けします」





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