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眠れる魔女

「お父さん本人から、ですか…」

なんてことを。

言葉にならなかった。

「母は一般の孤児の娘で、心から貴女の事を慕い、神殿に入ったそうだ。

…先程、あなたも読んだだろう?歴史書を面白おかしく書いた例の冊子。あれを母もまた好んでいた」

「…あ……」

「何もなくともほとんど毎日のように貴女のもとへ日参し、その日あったことを貴女に報告するのが母の日課だったそうだ」

なにか刺激になるのではないかと、神官長もそれを許していた。

だが、それがいけなかった。

「同じように貴女のもとへ日参していた王に、目を付けられる結果となった。

……前回の正室は、魔女王であるあなたに対する敬意など欠片もなく、それ故にあの結果となった。

だからこそ次、は決して貴女を害することのないものを選んだのだろうな…」

そんな選び方、あるか。

「実際に母は父に召し上げられた後もずっと、病を得るまでの間何度となく神殿へ通っていたと聞く。

孤児であった母にとって、貴女は姉であり…母の代わりだったのだろう」

「そんな…。だって、眠ったままだったのに…」

彼女の名すら、#魔女王__・__#は知らない。

「それでも良かったのだろう。実の親に捨てられた母にとって、柩に眠ったままの貴女は、決して自分のことを裏切ることのない存在だった」

そんなのは当然だ。

裏切るどころか、目覚めてもいなかったのに。

「だから、死の床につこうとも、母は一度たりとも貴女を憎んだことはなかった。…父の事は、わからないが」

皮肉げに付け足された最後の言葉に胸を打たれる。

「今思えば、結局は似た者同士だったのだろうな。…父も母も、貴女の事だけを思って死んでいった」

だが当時はそれがわからなかったのだ、と悲しげに笑う。

「母が死んだとき、幼かった私はまだ貴女の元へと通う許可を得られてはいなかった。

…兄の件もあり、家臣たちが警戒したこともあるが…。それでもどうしても、私は貴女に会いたかった」

そこで、くっと小さく笑ったレオナルド。

「貴女に会って、母の分まで文句の一つも言わねば気がすまないと、そう思ったのだ」

今思えば愚かだったと彼は言う。

「神官長に無理を言って、貴女の眠るあの場所への鍵を開けさせた。そして――――初めて貴女に、魔女王に会った」

「…どう思ったんですか、その時」

自分がレオナルドに憎まれていたという初めての事実に、再び胸が痛む。

「美しい、と」

「…え?」

「図らずも、分かってしまったんだ。父と、母が…。なぜ、そんなにも貴女を愛するのかを。

……それから毎日の様に貴女の元へ通う私を見て、神官長は笑ったよ。血は争えぬとな」

彼の父も、彼と同じだった。

幼い頃、魔女王の眠る柩のもとに参り、一目惚れしたのだ。

「父が私を処分しなかったのは、私があなたのもとに通っても、あなたが目覚める気配がなかったからだ。

…そうでなければ、私も殺されていたかもしれない」

そしてそんな折に、ようやく父も病で命を落とした。

「私は歓喜した。これでなんの邪魔者もなく、貴女の目覚めを見守ることができると。

…実際、父の生前に一度だけ貴女は目覚めた。すぐに眠りについてしまったことで、ジョサイ達が王には秘密としたが…」

あの時だ、と思う。

だが、話がおかしい。

「ちょっと待ってください。魔女王が目覚めるのは、旦那様の生まれ変わりが現れた時、なんですよね?

それで、一番最初に目覚めた時、レオナルドさんはまだ生まれてなくて…お兄さんが生まれ変わりだと思われていた。でも、お兄さんはなくなって…」

私が完全に目覚めたのは、レオナルドが王となってから。

「英雄の生まれ変わりうんぬんって、本当はなんの関係もないんじゃないですか……?」

そういうことに、なりはしないか。

だっておかしい。

それではまるで、レオナルドが彼の兄の生まれ変わりでもあることになってしまう。

「本当はそんなことどうでもよかった。貴女を得られる正当な理由させあれば」

「…レオナルドさん」

つまりは彼も、そんなこと信じてはいなかったということか。

「貴女の姿を一目でも見てしまえば、我が一族は皆あなたの虜になる。誰もが、あなたの伴侶となることを望み、叶えられなかった。…そのチャンスが自らの手に転がり込んできたと知って、喜ばぬものがいるだろうか」

例えそれが偽りだと分かっていても。

「あなたが目を覚ましたのが王が崩御してからで本当によかった」

「………」

実の父親の死を、笑顔で語る彼が悲しい。

「王族はもはや私一人しかいない。…貴女を守る権利を持つのは、私だけだ。

だから私は、結界が崩れ、触れることが出来るようになったあなたを密かに城の寝室へと移動させた。

いつあなたが目覚めてもいいように」

そして、とうとう待ち望んでいた時がやってきた。

「…あの寝室は、誰のためのものだったんですか?」

もしや、彼の妻となる女性のためのものだったのではないか。

そう思って尋ねたのだが、答えは更に衝撃的だった。

「私の母が、死ぬ寸前まで使っていた部屋だ」

「…え」

「本来王の妻となるものの部屋は別にあるが…父は、そこを母には使わせなかった。

貴女のために開けておいただのだろうが…。その部屋は使いたくはなかった。なにしろ、細部の一つ一つに至るまで父が貴女のために設えた部屋だ。父の妄執が宿っているようで、な…」

ぶるりと思わず身震いする。

あったこともない人物の、自分への恐ろしいまでの執着。

「じゃあ、あの部屋はお母さんがなくなった当時のまま…?」

「不快なら、すぐに取り替えさせるが…」

「!いいえ!」

とんでもないと慌てて首をふった。

先程までの話を聞いて、どの口がそんなことを言えるというのか。

つまりは彼の母親は、雛子の事をずっと慕ってくれていたということになる。

そんな人の部屋だというならむしろ光栄だ。

「よかった。あなたがあの部屋を使うのならば、母も喜ぶだろう。後で寝室以外の部屋も雛子様の好きに整えて構わない。…あぁ、城下に降りてみたいとオリビアが行っていたな」

「ええ…」

「いつか、案内しよう」

「本当ですか!?」

あっさりと快諾された事に驚く。

「勿論私とともに、というのが条件だが。貴女にも見て欲しい。この国がどう発展したのかを」

その為にも、と。

「今はまだ、体も慣れていない。どうか、休んでほしい」

「…レオナルドさん…」

彼は休めという。

だが、心配にはならないのだろうか。

眠りに就いた雛子が、そのまま目を覚まさなかったらどうするつもりなのだろう。

その疑問に気づいたのか、レオナルドは言う。

「既に貴女は目覚めた。…眠りはただの肉体の休息だ。以前のような目覚めぬ夢に入り込むことはもうない」

本当に…。

本当に、そうなのだろうか。

「先程は雛子様を夢に奪われると思い、すっかり取り乱してしまったが…。

ジョサイに、叱られたよ。貴女はまだ目覚めたばかりで記憶すらもないのだから、長い間見続けた夢に固執するのも仕方のないことだと」

叱られたと言いながらも、彼の表情は明るい。

もしかするとレオナルドにとって、あの老人は父親代わりでもあったのだろうか。

先ほどの話でも、レオナルドの事をかばっていたように思える。

「ジョサイさんは…レオナルドさんのことが大切なんですね」

「…いや、ジョサイは貴女の味方だ。…何があっても」

私のことよりもな、と彼は言う。

「だが、それでいい。守られるべきは私ではないのだから」

「…後で、また話を聞かせてもらえますか?例の…神官長さんのご先祖様の話も」

「本人を連れてきて話させると約束しよう」

トントン、と扉が叩かれ、すっと現れたオリビアに向かい、レオナルドが目配せをする。

初めから、二人の話がまとまるのを待っていたのだろう。



「お部屋までご案内いたします、どうぞ、雛子様」


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