目覚めたらそこは…。
「あれ…?」
確か、家に帰って風呂につかり、うとうとしていた所までは覚えているのだが。
「ここ…どこ?」
私の部屋はどこへいった。
背中に当たる冷たい硬質な感覚に違和感を覚え目覚めた雛子は、いつのまにか自分が見知らぬ場所に寝かされていたことに気づき、呆然とする。
上に手をあげて、また別のことに気づいた。
なにか、透明なケースのようなものがある。
横に手を向ければ、全身を囲まれているようだ。
体を起こすことができる程度には余裕があるようだが、まるでガラスの柩に入れられているような感じである。
しかし。
――これは、私を害するものではない。
なぜかそう感じられた。
そう、これは閉じ込めるためのものではない。
守るために作られたものだ。
ならば、それを不要だと感じればこれは…。
「壊れる」
つぶやいたその刹那。
ピシッ…。
見えない壁に、亀裂が入ったその音が脳裏に響く。
崩壊を迎えたのは、次の瞬間だった。
―――あっ…。
パリーン・・・と。
それは、キラキラとした残像を残し、目の前で砕け去る。
まるでガラスのようなその見た目から、割れた破片で怪我をする覚悟をし、思わず目をつぶった雛子だが、いつまでたってもその痛みは来ない。
恐る恐る目を開ければ、それはガラスにしては明らかにありえないゆっくりとした速度で宙を舞い、そのまま地上に落ちることなくゆっくり溶けるように消えてゆく。
空気中の水分が凍って起こる霧氷などが日差しに溶けていく様子にも似ているが、ここは室内だ。
試しに落ちてくるかけらに手をかざすと、それは彼女の肌を傷つけることなく、まるで元あった場所に帰っていくかのようにすっと吸い込まれていく。
触れた場所がわずかに暖かい。何か、失っていたものがほんの少し戻ってきたような、そんな不思議な気分だ。
そして異変はそれだけではなかった。
立ち上がろうとして気づく。
「…髪が、伸びてる…?」
ロングヘアーとは言え、せいぜい肩の少しした程度だったはずの髪が、余裕で腰のあたりにまで伸びてきている。
手でつまんで眺めてみるが、最近増えてきたはずの白髪もなく純粋に真っ黒な髪。
つまんだくらいではその髪の先は見えないが、どうやら枝毛もなくなっているようだ。
ここ数年でありえないほどのキューティクルが眩しい。
「なんだこりゃ」
これではアダ○スファミリーどころか市松人形…。
そう考えたところで、はっと気づく。
風呂に入った時には当然ながら全裸。
無意識に着替えてベッドに入っていたとしても、部屋着かパジャマを着用していたはずだ。
だが、今自分が身につけているものは…。
「…なぜまたこの服…?」
確かに友人に返した筈のゴスロリ衣装そのまま。
だが、気のせいだろうか。
どうも素材の手触りや質感が変わっているようなきもする。
それも上等な方に、だ。
「よっぽどこの服気に入ってたのかな、私…?」
自身の深層心理とはいえ納得がいかない、と首をひねる雛子は、この時点ですっかりこれが「夢」であると確信していた。
何しろ人間の髪は突然伸びたりしないし、気づいたらガラスの柩に寝せられていた、なんて事態もありえない。
…まぁ、風呂場で突然死して気づいたら本物の柩に収められていた、ということならありえない話でもないが。
その場合はこれが永遠に冷めない夢になるだけのことだ。
とりあえず周囲を確認してみようと、長い髪を引きずるようにしてその場に立ち上がった雛子は、そこがどこかの神殿のような場所であることに気づく。
正確に言えば礼拝堂?だろうか。
どこの宗教でも、形は違えど大体そういった場所の予想はつくものだ。
作りとしては完全に洋風。
だがキリスト教の教会につきものの十字架などはかけられておらず、宗教画のステンドガラスなども存在しない。
あるのは、見覚えのない獣を模したエンブレムのようなもの。
キメラ…のようにも見えるが、漫画やゲームなどによく出てくるものとは少し違っているようだ。
その獣の横には長い髪の女性が描かれており、恐らくはそれが女神のような存在なのだと推測される。
イメージ的には一角獣とその乙女、といったところだろうか。
「…私の脳内創作物にしてはなかなかイイ線いってるんじゃないか…?」
ふむ。あすの朝覚えていたらイラストにでも残しておこう、と思うくらいには中二病感もなくカッコイ。
はて、ではこれからの展開といえば異世界トリップか、勇者召喚か…?
完全に夢だと割り切って楽しむ気になった雛子の切り替えは早い。
自分がいたのはどうやら部屋の一番奥、本来であればご神体てきなあれやこれやが飾られているべき場所のよう。
一段高く設えられた場所に、石膏で作られた台座のようなものが乗せられている。
その場所に、ガラスケースに覆われた状態で眠っていた自分。
「白雪姫に憧れでもあったっけ…でもネクロフィリアは正直勘弁…」
第一小人はどこへ行った?と思わず辺りを見回した一番奥に、一つの扉があった。
そこから何やら人の気配がする。
なぜだかわからないが、なんだかとても懐かしいような…。
わけのわからない感情に、ただじっと扉を見つめたいた雛子の前で、ゆっくりと扉が開かれ外の光が内側に溢れていく。
逆光でよくわからないが、扉を開ける少し骨ばった男性の手が見えた気がした。
「あ…」
もうすぐ顔が見える。
「…って!なんでそこで目覚めるよ、自分!!!」
展開的にはあれ絶対王子様だっただろ!
ガッデム!と寝起き早々、見慣れた自室の枕を思い切り叩いた翌日の朝だった。




