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語られた神話の始まり

「貴女様は、御夫君であった英雄を亡くし、失意のもとに眠りについた。再び英雄が転生し、一族のものに生まれ変わるその時までと言い残して」

「…はぁ」

「そうして今、貴女様はお目覚めになられた――――」

ならば、転生者は自分だと、そう言いたいわけわけか。

だが、ちょっと待って欲しい。

「あの、その前に私、その魔女とかなんとかではないんですけど…」

大前提として、まずそこを認めた覚えがない。

それなのに、誰もがそれを当たり前として進めていくのがいい加減納得できない。

あくまで認めようとしない雛子に、レオナルドが諦めの表情を浮かべ、「仕方ありません」と首をふる。

「…貴女様は、あまりに長い間この神殿でお眠りになっていらっしゃった。

その長すぎる年月に、夢を現実と思い、かつての記憶を忘却なされたのでしょう。英雄が亡くなられてからのあなたは、何もかもに絶望しておられたと言い伝えられております…」

そしてレオナルドは呆然とした表情のままの雛子の手を取ると、廊下へと続く扉を指す。

「どうぞ、こちらに」

当然のようなエスコートに従って出た先で、扉を守る衛兵が二人、すぐさま雛子に向かい膝をつく。

「ここ…」

「貴女様がいらっしゃった時から、この城は何一つ変わっておりません」

石造りの、一見要塞のような堅牢な城。

美しさではなく、堅い守りを重視して作られた場所。

だが、廊下や石壁にはたくさんの装飾が施され、華やかさを表している。

エスコートされ、進む先にいるものすべてが雛子に向かい頭を垂れる。

中には、感激のあまり涙を流すものの姿まであった。

――――なんなの、これ。

映画でしか見たことがないような光景の、主人公にでもなったような。

「陛下…どちらに?」

一緒に部屋を出、随行するジョサイに、レオナルドは告げる。

「玉座の間へ」

「…おぉ…それは…」

納得したようにうなづき、後に下がる。

「玉座…」

「こちらでございます。これからは貴女様こそが主」

導かれた、ひときわ大きな扉の前に立つ。

「玉座を開け」

その声に、両側に立つ衛兵らしきものが一旦跪き礼をした後で、立ち上がり両側から扉を開けた。

そこにあったのは、堅牢の中にもどこまでも洗礼された美しさを尽くした一室。

中央には玉座が設けられ、その後ろにあったのは―――。

「私………………………?」

部屋に訪れるものをジッと見つめているかのように佇む、一枚の巨大な絵画。

描かれているのは、乙女と若者、そして一匹の巨大な獣の姿。

「貴方様と、その養い子であった英雄。そして―――聖獣スヴァンスフィール」

間違いなく、あの時に鏡の中で見た雛子そのものの女性と、金髪に青い瞳の青年。

巨大なライオンのような獣と青年は、お互いに競うように女性の気を引こうと彼女にまとわりついている。

まるで、聖獣と青年で魔女を取り合っているかのような、微笑ましい姿だ。


「魔女様…?」

「え…?」


雛子の頬を、レオナルドが拭う。

知らず、涙がこぼれていた。

あれが自分だなどと、認めてもいないのに、なぜだろう。


懐かしくてたまらない。


「何か…思い出されましたか?」


―――わからない。

わからないけれど。


フラフラと歩き出した雛子をレオナルドが追いかけようとするが、その行き先が絵画だと気づくと、すぐにその足を止め、背後に控える。

誰も、彼女の邪魔をすることなどできない。

絵画の、青年と獣の元へたどり着いた雛子が、すっと手をあげる。


『「私の愛しい子」』


それが、どちらに向けて放たれた言葉だったのか、そこにいる誰もがわからなかった。

ただ。


上げたその手を、届かぬと知りながらも彼らに伸ばし、静かに涙するその姿は。


「…最後の…魔女…」


その場にいるものたちが伝え聞いたその姿、そのもので。

絵画の中に描かれた、どこか少し困ったような笑顔を浮かべる女性と。何も変わらぬものだった。


                 ※


魔女、という存在がこの世界から消えたのは、数千年近く以前に及ぶという。

便宜上魔女と呼ばれはするものの、かつては女神とも、聖女とも呼ばれ、人々から崇められていた。

古に認められた魔女の名は複数存在するが、その全てが、とある時代を最後に姿を消している。

魔女を滅ぼした王として、最も有名な大陸の王。

かの王によって、魔女は全て狩りつくされた。

魔女という名をつけたのも、かの王だと言われている。

なぜそれほどまでに王が魔女を憎んだのか―――それは、疫病に犯された彼の妻を魔女が見捨てたからだ、ともいわれているが、真実のほどはわからない。

けれど、王は魔女と親しいものを囮に使い、彼女らの力を封じると、その全ての命を奪い、大陸中にその屍をまいた。

―――これは、魔女の死によって大陸より精霊が姿を消すことを恐れ、魔女の死体を諸国に封じたというのが有力である。

生き残ったのは、たった一人の魔女。

彼女は親しいものが存在しなかったが故に誰にも見つかることなく逃げ続け――――。

やがて、聖獣の守る<あの>聖域にたどり着いた。

古き神々が残した最後の楽園とも言われる聖域は、本当に存在するのかどうかすら危ぶまれた場所。

歴代の魔女たちによって、こっそりと語り継がれた聖なる土地。

そこで最後の魔女は聖獣に守られ、誰にも知られることなく生き続けた。


「魔女の寿命は人間とは大きく異なります。

彼女たちは、次代の存在が生まれることなく自然に命を落とすことはありません。

それ故、もはや次代の存在がありえぬ状況の中で、最後の魔女は長き時をただ一人…」


涙が止まっても、まだ絵画の元から離れようとしない雛子に、レオナルドが語った創世神話。

それがかつての雛子自身のことだなどと、どうして信じられるだろうか。


「しかし長き時の果てに地上ではある変化が起こり始めた。各地に封じたはずの魔女の屍から瘴気が発生し始め、巨大な力を有した魔物が国を襲うようになったのです。

…それが魔女の憎しみから生まれたものだったのか、それとも魔女を滅ぼした人間へ向けた世界そのものからの報復であったのか…今となっては知る由もありませんが」

なすすべもない巨大な力に、人も国も、あっという間に衰退した。

その時に、かつて魔女を滅ぼした王の一族もすべてが死に絶えたと伝えられている。

「当時の人々に手によって封じられた魔女の屍のいくつかは回収され焼かれましたが、それでも瘴気は収まらず…。彼らは伝説と称される”最後の魔女”へ期待を託した」

なんの力もない当時の人々からすれば、藁にも縋る気持ちだったのだろうが…。

どこからか憎しみに似た感情が湧き上がり、口が勝手に動いた。

「なんて、勝手な…」

自分たちが滅ぼした相手にすがろうなんて。

身勝手にも程がある。

「おっしゃるとおり、彼らは罪深い。勿論、そのようなものが、聖域にたどり着けるはずもなく…」

やがて、最後の魔女などもう存在しないのだとの諦めが生まれた。


「後に英雄、と呼ばれる青年が突如としてこの世界に姿を現したのは、その頃のことです」



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