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目覚め始める力。

動いたのは雛子が先だった。

慌てて振り向いた薫よりも早く、男のもとへ向かう慶一に手を伸ばす。

慶一は母親の手を掴む男の足の足にしがみつこうと走り出し――――。

「なんだこのガキ…!?」

男が、乱暴な手段で慶一を振り払おうとした瞬間。


自分でも、抑えきれないほど強い<怒り>が生まれた。



『    触れるな    』



「・・・・うわぁぁぁ!!!」

「慶一、こっちだ!!」

雛子の腕が、ほとんど無意識のうちに男の肩を掴んでいた。

あぁ、意識が燃えるように熱い。

男が叫ぶ。

どうしたのだろう?

自分は、ただ男の方を掴んでいるだけだ。

振り払うことなど容易いはずだと嗤う。

しかし男はすぐにしゃがみこむと、雛子に触れられた肩を抑え、苦しみ始める。

「ど、どうしたの!?」

慶一の母親もまたその異常に気づいたのか慌てて駆け寄る。

だが、痛みに呻く男はまるで錯乱したかのように女を振り払った。

「来るな…来るなぁ…!!!!!」

悲鳴を上げ、腰を付いたまま後ずさる男。


「…愚か者が」

「雛ちゃん…?」


ポツリとつぶやいた言葉に、薫が訝しげに声をかける。

けれど、#彼女__・__#の怒りは収まらない。


「報いを」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!!」

「雛ちゃん!!!!!」

雛子の言葉に反応したように男が床を転げ回る。

それをじっと見ていた雛子を、薫が後ろからぎゅっと抱きしめた。

「雛ちゃん…。もういいよ、大丈夫だよ…」

「…薫さん…?」

不思議なことに、頭を過ぎったのは「なぜ邪魔をするのだろう?」という苛立ち。

<私が>誰かに邪魔をされることなどあってはならないのに。

ましてや、<お前が>私を止めるなど――――。


「ひよちゃん…!!!」

―――え?

明らかに様子のおかしい雛子に、慶一もまたびっくりして取り縋る。

その声に、ようやく雛子は我に返った。

「…私…何を…?」

「大丈夫だよ、雛ちゃん。なんでもない、さぁ帰ろう?」

そう言って雛子を促す薫。

だが…。


「熱いんです…。まだ、体中が…」

「雛ちゃん、きっと病み上がりで熱が出たんだよ。ね?早く帰ろう」


熱、本当にそうだろうか?これはただの風邪なのか…?

「大丈夫大丈夫、僕はずっとそばにいる。一緒に帰ろ…」


「そう…ですよね。一緒に…」


『お前は、ずっと私のそばに』



耳の奥で、どこか聴き慣れた女の声が聞こえる。


    あつい。瞳が


「なんなの…!?一体、その女何をしたのよ!!!」

慶一の母親が叫ぶが、男はもはや恐慌状態で叫び続け、とうとうデパートの係員までやってくる始末となった。

「行こう、雛ちゃん」

かかわり合いになるつもりはないと、薫がその足を外へ向けるのに、戸惑いながら雛子もまた従う。

慶一は母親の姿をなんでもちらちらと振り返っては気にしていたが、鬼の形相でこちらを睨みつけるその姿を見てはいられなかったのか、やがてぎゅっと目を閉じてしまった。

―――あぁ、なんて愚かなの。



店の外へ出るまで、三人とも一言も喋ることはなかった。

車についたとき、ようやく安心したのか、目を開けた慶一が雛子に手を伸ばそうとし、声を上げる。

「ひよちゃんのおめめが…」

「え…?」

やはり、瞳に何か異常でもあるのだろうか。

熱さは随分収まったが、まだ少しだけ違和感がある。

「黙れ慶一、行くぞ」

それを無理やり押し込めた薫が、助手席に乗せた雛子に丁寧にシートベルトまでつけてやり、車を走らせる。

「大丈夫?雛ちゃん。苦しくない?気分が悪かったらすぐに言ってね」

「…大丈夫…です」

あの場所から少し離れると、ようやく頭がすっきりしてきた。

自分が一体何をしていたのか、よく覚えていない。

ただ、とても強い怒りを覚えたことだけは覚えているのだが…。

「あの男の人…どうしたんでしょうか?」

「さぁね。どうでもいいよ、そんなこと」

雛子が素手で触れただけだというのに、なぜあんな反応を見せたのだろう。

冷たく切り捨てる薫は、これ以上この話題を続けるつもりはない。

「薫さん、ちょっとどこかに止まって鏡を見てもいいですか?コンビニか何か…」

慶一が言っていた、「おめめが」という言葉が気になる。

雛子の瞳に何が起こっているのか自分で確認したい。

「薫さん…?」

反応のない薫に、もう一度声を掛ける。

だが、薫はひとつ深くため息を吐くと、車を近くのコンビニに止めた。

そして振り向き、告げる。

「雛ちゃん。ルームミラー、見てごらん」

その言葉に、運転席側にあったミラーを覗き込む。

「…大丈夫、何でもないだろ…?」

「…ええ。そう…ですね」

少しホッとした。

覗き込んだミラーに写る瞳に、特に大きな変化は見られない。

若干顔色が悪いような気はするが、いつもの雛子だ。

慶一は、一体何をいおうとしたのだろう?

「気が済んだら、早めに家まで戻ろう。ね?」

そのまま再び走り出す車。

「…え?」

その瞬間、ミラー越しに見る自分の瞳が一瞬だけ深い紫に見え―――瞬きと共に、それは消えていた。


何、あれ。

だが、あの色には見覚えがある。

あれは、夢の中で―――。


『この紫の瞳こそがその証拠!貴方様から引き継ぎし、正統なる王族の…』


紫の、瞳。


あれは、本当に、夢か…?

彼が言ったように、こちらの世界こそが雛子の夢なのか。

境界がわからない。

ただ、もう見たくはないとミラーから目をそらした。



「頭…痛いです」

「ごめんね。すぐにつくから…」

頭を抑え、うずくまるように下を向く雛子。



「ひよちゃんひよちゃん…大丈夫…?」

心配そうに慶一が呼ぶ声にも、答えてやることができない。

あぁ、そうだ。

こんなことが前にもあったような。


再び囚われそうになった奇妙な感覚に、雛子は慌てて首をふる。

―――しっかりしなくては。

自分は一体どうしてしまったんだろう。


「雛ちゃん。ここからならうちの店のほうが近いから店に行くよ。慶一はそこで純也に引き渡す」

連絡はするから、という薫の言葉にうなづく。

今は、慶一の面倒を見ることなど出来そうにない。

やがて車が店の駐車場に停車をするまでの間。

雛子はじっと下を向いたまま、何を発するができなかった。



『……ワタシハ、ダァレ…?』



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