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ゲームセンターに行こう

「そういえば雛ちゃん、今朝は夢はどうだったの?」

「…見てない…と思います」

代わりに何か違う夢を見たようだが、正直寝て起きたらよく覚えていなかった。

子供が出てきたような気はするが、慶一がいたためだろうか?

夢のなかまでその影響が出てしまったのかもしれない。

「よかったぁ~」

「お世話をおかけしまして」

一日夢を見なかっただけだが、もしかしてもうあの夢を見ることはないのではないかという気すらしている。

まぁ、まだ決め付けるには早すぎるが。

「昼前まで時間がありますから、慶一君を連れてどこか遊びに行こうかと思いますけど…薫さんはどうします?」

近くの公園でも行ってみようかと思っていたのだが。

「もちろん僕も行く」

「慶一君、どこか行きたいところある?」

予想通りの答えに特にコメントもなく、雛子の言葉に期待の目を向けている慶一に尋ねる。

「えっとね…。デパート…!」

「デパートって…。この間もお母さんと行ったんじゃないの?」

そこの帰りに出会ったはずだが。

「ままはそこでおようふくみてたから…。ぼく、げーむせんたーにいきたいの」

「…なるほど」

それでは退屈だったろう。

「あのね、あのね。ひよちゃん、ぬいぐるみとれる?」

クレーンゲームの事だろうか?

なにか目当てのモノがあったのかもしれない。

「う~んん…私はあんまり…薫さんは?」

「買ったほうが早い」

「よくわかりました」

二人共不得意のようだ。

とれるかどうかはわからないが、まぁやれるだけやってみよう。

それに雛子自身もクレーンゲームをするのは久しぶりだ。

少しだけわくわくする。

「じゃあ、早く用意しようか」

「そうですね」

今から薫に車を出してもらえば、10時前には店につくはずだ。

1時間は遊べるだろう。

興奮して身を乗り出す慶一が微笑ましい。

来るときに背負っていた小さなリュックサックに早速足が向かっている。

「雛ちゃん、準備してきて大丈夫だよ。僕が見てるから…」

「すみません、じゃあ…」

まずは着替えるために、雛子もまた席を立った。


           ※


デパートに着くと、慶一は雛子と薫、二人に手を繋がれて既に上機嫌だった。

「ひよちゃん、これ!これ欲しいの」

ゲームセンターに到着し、そういって慶一が指を指したのは巨大なスライムのぬいぐるみ。

ぬいぐるみというよりは、むしろ抱き枕だろうか。

「ちょっと気持ちがわからないでもない…」

「雛ちゃんも欲しいの?なら僕頑張る」

小さく呟いただけだったのだが、俄然薫のやる気が出たようだ。

一つでもうまく取れればそれは慶一にあげよう。

そう思っていたのだが…。

「ひよちゃん!!おそろいっ!!」

「そうだね…」

なんと、二つも取れてしまった。

のっけから1万円を両替し、万全の態勢で挑んだのだが、二つ取るのに使ったお金は3千円弱。

確実に元は取れている。

「得意じゃないって言ったのは嘘ですか」

「嘘じゃないよ。買えるものは買ったほうが早いと思ってるだけで」

つまり、やる気がなかっただけというオチだ。

今回は雛子が景品を欲しがったことでやる気を出した。

その結果が、この巨大なスライム二つ。

小さな子供が大きなぬいぐるみを抱き抱えて歩いているさまはとても可愛い。

特大景品用の袋を店員が用意してくれていたのだが、どうしても自分で抱えて帰りたかったようだ。

前が見えないくらい大きなサイズなため、若干危なっかしい。

雛子は素直に袋に入れてもらい、自分でもとうとしたところを薫があっさりさらっていった。

デパートについてから、まだ時間にして10分程度だろうか。

しかし、他の店を見てまわろうにも、二つの巨大ぬいぐるみが少々邪魔になる。

「一旦車に戻る?」

荷物を置いてきたほうがいいかも知れない。

慶一は少し不満そうにしていたが、ぬいぐるみを家に持って帰れると聞いて、一旦手放すことを納得したようだ。

「じゃ、僕がおいてくるから、二人共ここから動かないでね」

そういって、小走りに外へ出ていく薫。

ここから動くなと言われておいて行かれたのは、チェーン店のドーナツショップだ。

他の子供が食べているのを羨ましそうに見ていたので、買ってあげることにした。

お昼前だが、雛子が半分食べてやれば一つくらいはいいだろう。

好きなものを選ばせて、ついでにいくつかおみやげ用に買っていく。

後で美智に届けるつもりだ。

「おいしいね、ひなちゃん!」

「そうだね」

自分の手で半分こし、始め不揃いになったうちの大きな方を雛子に渡した慶一だったが、「おねえちゃんはそんなにお腹がすいてないから」と大きな方を渡した。

この歳でレディーファーストとはなかなか立派だ。

ついでに買ったコーヒーは、やはり専門店を経営している薫の淹れたものに比べれば味気なく感じるが、それでもまぁ飲みなれた味だ。

食べ終わり、少し休憩のつもりで周りを眺めていた雛子だったが、ふいにびくりと慶一が肩を揺らした。

「?どうしたの?」

「…ひよちゃん…」

どこか怯えたような慶一の視線の先を追えば、そこにいたのは一人の男性。

30代後半から40代といったところだろうか。

随分と派手な身なりをしている。

いわゆるホストのような格好だが、こういった場所で見るには随分浮いて見える。

フードコートに用があるわけではなく、ただ通り過ぎただけのようだが…。

慶一はすっかり萎縮し、雛子の背中に顔を隠してしまった。

そこに荷物を置いてきた薫が戻ってきた。

「お待たせ雛ちゃん!…って、慶一?どうかしたの?」

「それが私にも…」

明らかに様子のおかしい慶一に困惑する。

だが、原因はすぐに分かった。

大きな紙袋を持った一人の女性が、男の後を追うようにやってきて彼の腕にしがみつく。

これまた、水商売風の派手な服装だ。

その女性に気づき、薫が露骨に眉をしかめた。

―――もしかして…。

「まま…」

雛子の後ろから少しだけ顔を出した慶一が、悲しそうにつぶやく。

「あれが、ママ?」

ちょっと、予想の上を行っている。

母親のもとへ行きたいのだろうが、慶一はぐっと我慢しているようだ。

「慶一君、ママのところに行かなくていいの?」

「ままがおとこのひとといっしょにいるときは、そばにきちゃだめって…」

――――どうしよう、今すぐいって男もろとも殴りたい。

つい、ぐっと握りこぶしを固めてしまった。

「雛ちゃん、殴るなら僕がやるから…。そんな価値もない奴らだよ、あれは」

そういうと、慶一を抱き抱え、何事もなかったかのように「さ、移動するぞ」と歩き出す。

男たちの視線に入らないようにか、わざとその反対側にだ。

だが、目ざとく気づいたのはあちら側だった。

「薫…?薫でしょ?なんでこんなところにいるの」

そして、薫の肩に乗せられている慶一に気づくなり、思い切り眉をしかめる。

「なんでその子と…。もしかして純也も一緒?」

「あんたには関係ないな。行こう、雛ちゃん」

冷たく切り捨て、何か言いたげな慶一の視線を片手で覆い隠す薫。

そこでようやく一緒にいる雛子に気づいたのだろう。

「あなた…なに?」

誰、ではなく”なに”ときたか。

控え目に言っても随分と不躾な女だ。

「答えなくていいよ、雛ちゃん。気分が悪いからもう帰ろう」

「そうですね…」

確かに、こんな相手に答える義務はない。

たとえ慶一の母親だろうと、話にならない人間を相手にしても仕方ない。

「ちょっと待ちなさいよ…!」

「おい、麻子…」

「あなたは黙ってて!欲しいものならもう買ってあげたでしょ!?」

初めから喧嘩腰の慶一の母に、一緒にいたはずの男のほうが気まずくなったのか声を掛けるが、まったく気に留める様子はない。

というか、買ってもらったのではなく買ってやった、か。

下手したらこの男、本当にホストなのかもしれない。

その証拠に彼女が持っている紙袋は、某メンズブランドのものだ。

息子の育児放棄をして、ホステスに入れ込む。最悪だ。

本当に薫が言ったとおり、早く絶縁したほうがこの子のためかも知れない。

「そんなどこにでもいるような女を連れてどういうつもりなの!?私のことは見向きもしなかったくせに!」

大声で叫ぶが、自分が貶されていることよりも、公共の場でこんなことを叫びだす彼女の神経のほうが信じられない。

慶一は完全に固まってしまっている。

「どこにでもいる女…?」

しまった、今度はそのセリフに薫が反応してしまった。

「薫さん…いいですから帰りましょ、ね?」

できれば面倒事は避けたい。

同行しているあちらの男もそう思ったのだろう。

こちらに向かってこようとする女を引き止めようと、その腕を強く掴む。

「いたっ…!!!」

その力に、女が悲鳴をあげた。

その途端、先程まで固まっていた慶一が動いた。

担ぎ上げられていた肩から強引に飛び降りると、バランスを崩しながらも立ち上がり、猛然と男に向かっていったのだ。

「慶一君…!!」

「ママをいじめるな!!」


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