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楽しいお泊り?

おかしなことになった。


「ひーよーちゃーん!!ぼくおきがえおわったよ~!!」

「…あぁはいはい、んじゃあ次は歯磨きね。一人でできる?」

「は~い!ぼく『はみがきじょうずかな』ちゃんとできるよ~!」

「おぉ。懐かしのその歌か~。…誰が見せた?そんな古い歌。まさか今でもやってるの?」

『はみがきじょうずかな』とは、雛子の時代よりも更に一昔前の幼児番組で流れていた歌だ。

従姉妹の家にあった録画ビデオを、昔は家でよく流していた。

子供に基本的な生活能力を身につけさせようというコンセプトのもと、一人でパジャマに着替える、服をたたむ、歯磨きをするなどを歌いながら覚えさせるのだ。

「あのね、ゆーじろーおじちゃんがね~ぱそこんでみせてくれたの~」

「…あぁ、ユーチュー○か」

なるほど、子育ても楽になった。

しかし、他人の子供の面倒を見るとは、あのオヤジもなかなかいいところがある。

「子供は好きなんだよ、子供は…。自分も子供のまま大人になったみたいな人だからね、あれは…」

はぁ、とため息をついて、自分の父親の事とは思えないコメントを残す薫。

「ほら、慶一。アンパンマンの歯ブラシセット」

「わ~い。かおくんありがと~」

家から持ってきたお泊まりセットの中から薫が取り出したアンパ○マンの歯ブラシ一式を手渡され、喜んで洗面台にかけていく。

「あ、ちょとまって…!なにか台でもおかないと足が…」

「…うがいする時は僕が洗面台の前で抱えるから平気だよ。それでいいだろ、慶一」

「え~。ぼくひとりででできる」

「ここはお前のおうちじゃなくて、雛ちゃん家。だから、お前用の踏み台はない」

わかったか?と諭され、いかにも仕方ないといった様子でうなづく慶一少年。

だが、薫が抱えてくれると言ったのが実は嬉しかったのだろう。

顔を上げて雛子に向かいニコッと笑う仕草が非常にプリティだ。

…しかし、一体なぜこんなことになったのか。

「…本当に、どうしてこうなったんだろうね…?」

雛子と薫、奇しくも二人同時に同じことを思いながら、時は過去へ遡る。



―――数時間前。


「ごめん雛ちゃん。純也の奴、わざわざ病院に直接行ったみたいで…。既に退院したって聞かされて、今こっちに向かってるって」

「…え~と…。なぜ?」

どうして、薫の店にいるとわかったのだろう。

「…婚約者が連れて帰ったっていう話を看護婦が楽しそうに教えてくれたって…」

そこで薫にあたりを付け、幼馴染の直感で必ず店に連れ込んでいるはずだと思ったのだそうだ。

「入院費用のこととか、いろいろ話があるって言ってたけど…。どうする?雛ちゃん」

「どうするもなにも、もうこっちに向かってるんじゃ…」

「店を開けないで居留守を使うという選択肢がまだあるけど」

「大人だけならともかく、あの男の子もいるんじゃ流石に良心が…」

心配して来てくれただろう相手にする仕打ちではない。

ましてや相手は子連れだ。

「なぁに?誰か来るの?」

話の飲み込めない美智が目をしばたかせる。

「…雛ちゃんが怪我する原因になった子供と、その保護者」

美智への端的な答えに、待ったをかけたのは雛子だ。

「いや、あの件は単に私の運動不足が原因だから別に…」

「でも原因になったのは間違いないし」

むすっと、一気に機嫌が悪くなった薫が口を尖らす。

「あいつの監督不行届きで間違いないよ」

「…いや、それは可哀想ですって。あの人の息子でもないのに…」

「違う違う。監督すべきなのはあいつの姉の方。…そのせいで雛ちゃんがあんなことになったかと思うと本当に腹が立つ」

思い出してイライラしてきたのか、だんだん悪くなる空気に、美智が「あらあら~」と呑気な声を上げる。

「もしかして、その純也さんって結構なイケメンだったりするぅ?」

「……多分?」

なんだかんだでよく顔を覚えていないが、整っていたような気はする。

「ふふふ、私分かっちゃったァ。店長さんが不機嫌な、わ・け」

「…ミッチィ。僕だってさ、自分の心の狭さは自覚してるんだよ。そこはお願いだからスルーして」

シっ!っと、美智の前で指を立て、口止めする。

「?何の話ですか」

「内緒!」

「店長さんってぇ、歳に似合わずたまぁに純情になるのよねぇ」

今日のところは黙っていてあげる、とお口チャックでコロコロと笑う美智。

そうこうしているうちに、クローズの看板をかけてあったはずの扉がガンガンと叩かれる。

「いるんだろ?薫兄!」

「…もう来たのか…」

まだ5分と経っていない、と眉間にシワを寄せる。

だが、いつまでもそこで待たせるわけにもいかず、諦めて扉へ向かう。

扉を開けた途端、店の中に飛び混んできたのは小さな塊。

「ひよちゃ~ん!!!!!」

「ちょっとまて慶一!!コラッツ!」

ひと目で雛子を見つけると、一目散に駆け寄ってくるのは、見覚えのある小さな男の子。

「あらぁ?この子が慶一君ね?こっちはこっちで将来有望そう…」

「おい慶一、いきなり飛びつくなんて望月さんに失礼だろ!」

「だってひよちゃんがにゅーいんしたってきいてしんぱいだったんだもん!」

突然のことにびっくりして声も出ない雛子の膝に張り付き、自らの正当性を主張する慶一。

ぐりぐりと足に顔をこすりつけられ、子供慣れしていない雛子は最早どうしたらいいかわからない。

「ごめんね?ひよちゃん。けいちゃんのせいでいたいいたいだったんだよね?」

「あ~…。え~っと、慶一君のせいじゃ…ないよ?うん」

少なくとも昏睡した原因は恐らく違う。

「ほんと?」

「ほんと」

涙の浮かぶキラキラとした瞳で見上げられ、否定できるやつは人でなしだろう。

「すみません望月さん…。何から何までご迷惑を…。ほら、慶一、こっちに来い」

純也が慶一を抱き抱え、雛子から引き離そうとするが、足にしがみついた慶一はテコでも動かない。

「やだ!ひよちゃんがいい!」

「わがまま言うんじゃない!」

保護者として、多少無理矢理でも引きずっていこうとするが、流石にそれはかわいそうだ。

別にそのままでいい、そう言おうとした時、横から突然現れた手がひょいっと慶一をすくい上げた。

「雛ちゃんは僕の!」

「や!ぼくのひよちゃん!」

幼児相手に張り合うのは、当然薫だ。

「…何やってんですか…」

慶一の首元をつまみ上げ、同じ視線で文句を言い合う二人に言葉が出ない。

というか、いつのまに慶一まで雛子の所有権を主張するようになったのか。

子供に好かれるタイプではなかったはずなのに、意味がわからない。

「とりあえず…。私はひよちゃんじゃなく、雛子で…」

「ひーよーちゃーん!!」

足をバタバタさせて、雛子に助けを求める慶一。

「コラ、暴れんな!おい純也、なんとかしろ!」

「薫兄…いくらなんでも慶一相手に嫉妬は…」

「うるさい」

図星を刺され、慶一をつまむ腕に力がこもる。

「おい、見舞いならもう十分だろ?雛ちゃんは元気!それでよし!」

「いやでも入院費用の話もあるし、そういうわけにはいかないだろ?」

あくまで常識人の純也だが、ここは彼に引いて欲しい。

「さっき慶一君にも言いましたけど、この子のせいじゃないんで、費用とかは別に…」

「後でまとめて請求書叩きつけてやるから今は帰れ。これから僕は雛ちゃんとミッチィを家まで送って、それから雛ちゃん家に泊まりに行くんだ」

ふふん、と勝ち誇ったように言うのはなぜだろう?まさか幼児相手に張り合っているわけではあるまいに。

だが、その言葉に反応したのはその幼児だった。

「おとまり?ひよちゃんち?」

「そう!」

途端、キラキラした目でとんでもないことを言い出したのである。


「ぼくもとまる!ひよちゃんちにおとまり!」



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