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ホット・バター・ドラムと女の友情

「じゃあ、店長さんはしばらく雛のおウチにお泊まりってことぉ?ずるぅい」

「えへへ、いいでしょ~」

しばらくして店にやってきた美智と三人、作り置きしてあったビーフシチューを使ったドリアを頬張っていたのだが、その話になった途端、薫はVサインを出してにやけた笑みを浮かべていた。

「雛、私も年内いっぱい空いてる日はお泊りしちゃおっかな~?」

「別にいいけど?むしろ助かる」

「え、雛ちゃん!?」

この世の終わりとばかりな顔をする薫に、果たして本当に下心がないのか全く疑わしい。

「いつも通り美智は寝室で、薫さんは台所にでも…」

「雛ちゃ~んっ!!!」

スプーンをがしゃんと落とし、美智に向かって「お願い雛ちゃんを説得して!」と言わんばかりの目を向ける薫だが、この件ばかりは美智も雛子の味方である。

「さすがにぃ、正式交際未満の男女がぁ2週間以上も同じ部屋で寝泊りするのはちょっとまずいと思うのぉ」

「だよね」

うんうん、それが当然の反応だ。

というか、美智がいなくとも薫とは別室で眠る予定だった。

「責任なら取る!むしろお願いだからとらせて!?」

「いや結構です」

「店長さん気が早すぎ」

さしもの美智もぴしゃりとはねつける。

事情が事情だけに完全否定はできないが、雛子宅での薫の監視役を買って出てくれたようだ。

元々美智は何度か泊まりに来たこともあったので、なんの抵抗感もない。

布団をもうひと組買ってくれば済む話だ。

サービスで電気毛布もつけよう。

「うっうっ。雛ちゃんとミッチィがいじめるよぉ」

すっかりいつもの調子を取り戻した薫がカウンターテーブルに泣きつくが、二人は完全無視である。

「ねぇ雛…?でも本当に大丈夫なの?疑ってるわけじゃないけど、本当に脳に何らかのダメージがあって昏睡に陥ったとか、そういうことじゃないのよね…?」

「多分…。MRIでも何の異常も見られなかったって言うし、正直病院でも理由がわからないって言われたから…」

「そう…」

真剣な顔で考え込む美智の姿に、やはり持つべきものは親友だと改めて思う。

実にまっとうな心配だ。

魂が離れるだのなんだのと言われてすっかりその気になっていたが、本来的には美智の懸念の方がよっぽど正しい。

「でも、夢の中の王子様までストーカー気質なんて、雛らしいわねぇ」

「笑い事じゃないから、それ」

「ちょっとミッチィ!!遠まわしにそれ僕もストーカーだって言ってるよね!?」

真剣な顔でツッコミを入れる雛子に、さすがに聞き捨てならないと声を上げる薫。

「あら、店長さんがねちっこいのは今に始まったことじゃないじゃなぁい。ね?」

ふふふ、と笑いながら小首をかしげられ、薫が完全に沈没した。

それを見下ろし、スプーンを口に突っ込んだまま「やっぱり早まったな」とぼんやり考える。

「でも3人で過ごす年越しなんて楽しそうじゃない?年越し蕎麦も食べましょうねぇ」

いつもならカップ麺で済ませる雛子だが、3人も揃っているなら話は別だ。

「どこかで蕎麦を買ってくる?」

「!今日僕が勧めたお店は!?なんなら僕が買ってくるよ!」

喜々として手を上げる薫。

「確かにあそこのお店は美味しかったけど…。年越し蕎麦の販売なんてどこにも書いてませんでしたよ」

「実は常連限定で実は予約注文があるんだっ。3人前直ぐに予約しとけば多分間に合うよ」

「「おぉ~」」

パチパチパチ、とこればかりはふたり揃って拍手する。

「お蕎麦一人前2千円近くしたよ、あのお店」

「やっぱり食べてる物が違うのねぇ…。ここはご相伴にあずかりましょ」

「ついでに蕎麦ケーキが美味しかった」

「蕎麦ケーキ?やだ美味しそう。私も食べたい!」

こそこそと話し合う二人。

「ふふ、蕎麦ケーキはさすがに予約できないから、今度はミッチィも連れて三人で食べに行こうね!」

思い切り話を盗み聞きしていた薫はにこやかにそう言い放つと、「取りあえず今日のところはこっちね」と

ふたりの前に新しい皿を差し出す。

「薫さん、これは?」

「イギリス式のフルーツ・ケーキだよ。洋酒とスパイスがふんだんに入ってるから好みは分かれるけど、ブランデーケーキ好きの雛ちゃんは気に入ると思う」

カットされたそのケーキの表面にはぎっしりと詰まったナッツやドライフルーツが見え隠れし、ぷんと漂う香りラム酒の匂いだろうか。

「これ、アルコール度数が高いから車を運転する時には食べられないんだけど、ミッチィと雛ちゃんは僕が送っていくからいいでしょ?雛ちゃんには家に帰ったらホットバター・ド・ラムも作ったげる」

「バター・ドラム?」

差し出された皿を前に、聞いたことのない名前へ首をかしげた。

「聞いたことある!ラム酒とバターを使ったホットカクテルでしょぉ?さすが店長さん、おしゃれなものを知ってるのねぇ」

「ほぉ」

随分ハイカロリーそうな代物だが、体は温まりそうだ。

「ねぇ店長さん。まさか雛を酔い潰そうなんて考えは…」

「ないない!ただ病み上がりだし、多少カロリーが高くて体を温めるものがいいかな、って…」

「それなら卵酒とか甘酒とかでも良さそうよねぇ…」

その二つならアルコールを飛ばしているため、酔うことはない。

「あ、そっかその手も…。甘酒かぁ…あそこの酒蔵から取り寄せれば…」

「…雛、大変よ。計画的犯行かと思ったら素だったみたい。っていうか甘酒ってスーパーで買うわけじゃないのね…」

「…私も缶で売ってる奴しか見たことない」

酒蔵から取り寄せるとは何だ。

「あれ?二人共作りたての甘酒、飲んだことないの?缶に入ったやつとは別格だよ。米麹があれば炊飯器で作れるんだけど…」

まさかの麹からとは更に予想外だ。

「酒粕を溶かして作るわけじゃないんですかぁ?」

興味津々の美智に、うんうんとうなづく薫。

「酒粕からでもいいけど、麹からの方が美味しいよ。年明けに初詣に行くと、水子守神社でも麹から作った甘酒を配ってるしね」

なんでも神社の御神水を使って酒造りをしている酒蔵が毎年日本酒と麹を奉納に来るため、参拝客に甘酒を無料で振舞うのが恒例になっているのだという。

「こぉんなおっきな鍋で一気に煮込むんだよ。僕は子供の頃からご相伴に預かってるけど…」

両手を広げ、大きさを示す薫に、「へぇ~」と楽しそうにうなづく。

「ミッチィも一緒に行く?初詣」

「そうだみっちゃん、みっちゃんも一緒に!」

今までは当然のように一緒に元日を過ごしていた仲だ。

今年は別行動というのもどこか寂しい。

「折角だけどそれは遠慮しとくわぁ」

ちらりと薫を見て、彼に目配せする美智。

「僕、ミッチィが敵なのか味方なのかよくわからない…」

「私はいつでも雛の見方よぉ?」

美智の援護射撃とも思われる態度にきらりと目を輝かせるも、結局どちらとも言えないその態度に薫が「はぁ…」と肩を落とす。

「もしかして一番の敵はミッチィ?」

「女の友情は奥が深いの」

「…みっちゃんってば」

薫の携帯が鳴り出したのはその時だった。

薫は液晶に浮かんだその相手先をみるなり眉間にシワを寄せ、しばらく放置していたのだが、やがて諦めたように「ごめん、ちょっといい?」と二人に許可を取る。

「どうぞどうぞ~」

「みっちゃん、このケーキ美味しい」

「あら、本当だわ。…もしかしてラム酒とかも高級品だったりしてぇ?」

「ありえる」

ラム酒なんて、製菓用の小さなボトルでしか見たことがなかったが、薫なら。

「やっぱり私も今日から泊まり込みで雛の家に行こうかしらぁ…」

「酒が目当てでも今なら歓迎するよ、みっちゃん」

結構な酒好きである美智が高級洋酒に釣られてフラフラし始めたのを見て、力強くアピールする。

「…え?なんだって?病院に問い合せた?はぁ?」

二人の会話をよそに、スマホ相手に誰かと通話する薫の顔は険しい。

「…だからその件は断っただろう?今更こられても迷惑だ…っておい、今からって…!!ちょ…!」

ブチッ。

ツーツーツーツーツー。

「どぉしたの?店長さん?」

明らかに様子がおかしくなった薫に、フォークを口にくわえたままの美智が尋ねる。

それを軽く無視し、雛子に向き直る薫。

「…どうしよう、雛ちゃん」

「?」

「純也…今からこの店に来るって。慶一も連れて」


一拍おいて、雛子は叫んだ。


「…はぁ!?」


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