考察してみた。
―――あの後、問答無用で薫を叩き出し、ようやく一息ついたのは1時間近く経ってからの事。
なんだかここ最近、妙に一日一日が濃い。
風呂に入り髪を洗うと、ようやく気分もスッキリする。
打ち付けた部分に触れるとたんこぶのように多少ぽっこりとはしているが、それほど痛みもなく洗髪にも特に支障はなかった。
自分の運動不足が原因とはいえ、縫う羽目になったりしなくて本当に良かったと思う。
そんなケガになっていたら、余計に薫がうるさかっただろうし、と。
「…そういえばプレゼント、結局返してもらえなかったけど」
―――本人がいいといっているからにはいい…かな?
まぁ、変に期待させるよりあぁして渡したほうが後腐れがないかと思っただけなのだが。
まさかクリスマスに開けると言いはって大事にしまい込まれるとは思わなかった。
しかも彼から雛子へのプレゼントについて特に言及がなかったあたり、もしや確保済みなのではと疑わざるを得ない。
問題は何を買ったがだが…。そこは薫の良識に期待するよりほかはない。
「…あれば、の話だけど」
そう考えると嫌な予感しかしない。
ドライヤーで髪をあらかた乾かしたあと、タオルで髪を挟んで更に水気を取る。
長い髪はこういう時面倒だが、雛子にとっての理想は子供の頃買ってもらった髪の長いバービー人形だ。
実物は調子に乗ってドライヤーにかけ、すぐにダメにしてしまったが。
つやつやのキューティクルはいくつになっても女の夢である。
そういう意味では、アダ〇スファミリーの母親はかなり理想的とも言えるだろう。
だが決して憧れてはいない。
「さて…問題はここからか」
昨日一昨日、さらに今日。
三日続けてみた、例の夢。
果たして今夜も出てくるか…。
―――恐らく、高い確率で出る。
あれはきっと、ただの夢じゃない。
連続性のある夢を、しかも気絶してまで見るというのは異常だろう。
だとしたら今夜は一体どこから始まるのか。
そしてあの例の王子様は一体どうなっているのか…。
「成長してたのかそれとも別人なのかもはっきりしないし…」
次に本気で成人済みの王子がきたらどうしていいかわからない。
しかも、今思えば…。
「魔女王、って何…?」
ただの魔女ではなく、王。
まず聞いたことのない単語だ。
しかもあの恭しい態度から察するに、恐らくは彼にとって高位の存在なのだろう。
王というからには当然かもしれないが、何しろ「魔女」である。
それとも「魔女」の「王」ではなく、「魔」が付くほど恐ろしい「女王」なのか?
その辺非常に紛らわしい。
ただものではないことだけははっきりしているが。
「お待ちしておりました…って言ってたけど…」
それも一体どういう意味だったのか。
可能性としては二つ。
1、あれは単なる夢。雛子の潜在意識が見せる妄想。
2、あれは現実。毎夜何らかの手段で幽体離脱やら何やらが発生し、自分の意識があの場所へ飛ばされている。
…正直、1であってほしいというのが願いだ。
でも、それでは説明のできないことが既に起こっている。
3度の夢で気づいたことがもう一つ。
彼女が目覚める条件だ。
考えてみると3回とも、雛子がひどく驚いたその後で夢から覚めている。
つまり、動揺さえしなければあの夢はまだ続いていた可能性が高いのだ。
しかし1度目はともかく2度目3度目は完全に不可抗力。
それがわかったところで動揺せずにいるのは難しい。
しかも夢が連続しているのだとすれば、今夜は<あの後の状態>の彼と再び遭遇することになる。
さすがに気まずいなんてものではない。
蹴り上げておいてそのまま消える女ってどんだけだ。
彼に悪気があったわけではないと思うが…。
「素足に口づけはアウトでしょ…」
もう一度同じことをやられたら、きっとまた蹴ると思う。
「靴・・・履けないかな」
例のドレスを着ていたことといい、あれが夢だとしたらある程度服装のコントロールは効くはずなのだが。
物は試しと、少し前に購入してしまっておいたルームシューズを履いて、できるだけ足元を意識するようにしてみる。
これで夢の中にルームシューズが現れたとしたら成功だ。
あれがただの夢である可能性も高まる。
さぁ寝るぞ!とまるで遠足にでも行くような気分で布団に入ろうとした雛子だが。
「・・・あれ?みっちゃんから?」
枕元に置いたスマホが、いつの間にか赤く点滅している。
どうやら風呂に入っている間に着信があったようだ。
「もしもし?みっちゃん?」
『雛!?ちょっと大丈夫ぅ!?頭怪我したんでしょ!?』
通話が始まった瞬間、間髪入れず聞こえた声。
なぜ…と思ってすぐ正解に思い当たる。
「もしかして…薫さんから聞いた?」
『決まってるじゃない』
確かにその通りだ。
『店長さんから、雛が怪我をしたからしばらく様子を見ていて欲しいって頼まれたのよ。ねぇ、本当に大丈夫なの?』
「…大丈夫、ただの脳震盪だって」
『甘く見てると頭の怪我は後を引くっていうでしょ?店長さん、本当に心配してたんだから。自分相手じゃ例え何かあっても言い出せないかもしれないからって…』
わざわざ、気を回してくれていたらしい。
『明日仕事帰りにそっち寄るから、詳しい話聞かせてね?』
「ん…。ごめん、わざわざ…」
『遠慮は無しよぉ。クリスマスだってすぐそこに迫ってるんだから!』
「…ちなみにクリスマス当日の予定は?」
『ゴスロリ仲間とのオフ会』
―――ぶれないな。
それもほぼ毎年恒例のようだ。
『雛ちゃんこそ。イブは私もお邪魔するけど、当日は店長さんとふたりっきりで過ごしても…』
「それはない」
『…ちょっとは考えてあげたらぁ?』
「さすがに早いでしょ、それは」
『愛に時間は関係ないらしいわよぉ?』
「あっちは3年前から計画してるのに?」
計画期間に対して受身側の心の準備期間が圧倒的に少ない。
『それはそれ』
「これはこれ…じゃないから」
つまらない、とばかりに口を尖らせる美智だが、元気そうな雛子に安心したというのもあるのだろう。
『じゃあ、何かあったら夜中でもいいからすぐに連絡してね?遠慮したら絶縁よ!』
「はいはい、すぐ連絡させてもらいます」
正直、有難いと思う部分も大きい。
女同士というのはこういう時気安いものだ。
親友なら尚更である。
「…うん…じゃあ、おやすみ…」
挨拶を終えて通話を切ると、そのままベッドの上にスマホを放り出し、毛布の下に潜り込む。
さすがにルームシューズは脱いでベットサイドに揃えておいた。
二つ並んだ猫の足型が実に可愛らしい。
「さて・・と」
問題はここからだ。
しばらくは眠れそうにないとは言え、さすがに徹夜は難しい。
ただでさえここ数日の騒ぎで疲労が溜まっている。
気を抜けば今にでも眠ってしまいそうだ。
「…鬼が出るか蛇が出るか…」
もしくは王子様が出るのか――――。
だんだんと重くなってくる瞼を意識しながら、雛子の体から徐々に力は抜けていった。




