思わぬ展開
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「あぁすっきりした…!!」
混乱の収まりきれない会場をいち早く出、馴染みのカフェに入店した女―――望月雛子は、ミルクが渦を巻くカフェオレを一気に飲み干し、すかっとした声で歓声をあげた。
カウンター越しにもその声が聞こえたのだろう。
たった一人しかいないこの店の店長兼店員がカウンターをぬけだしてひょこひょこと雛子のもとへ顔を出す。
「なになに、ってかひなちゃん何よその格好?とうとうミッチィのご同輩になっちゃったわけ?」
「ご同輩にはなってないけど、これ、みっちゃんに借りたんです。別れた男の結婚式用に」
みっちゃん―――この店ではミッチィ、と呼ばれるのは、雛子の友人で、同じくこの店の常連でもある女性だ。
常日頃からゴシックロリータと呼ばれる服装を好み、稼いだ資金をほぼそちらにつぎ込んでいるという強者である。軽い口調で雛子の異様な服装にツッコミを入れた彼は、ある意味予想の斜め上を行く回答に爆笑だ。
「おぉ~。その格好で乗り込んできたのか。やるねぇ!」
「なかなか楽しいハプニングもあったんで、後でネットニュースにでも乗るかもしれませんよ」
もしくはユーチューブか。
今時スマホがあれば誰でも気軽に動画の撮影が出来る。
あれだけの騒ぎ、一人や二人面白がって動画を上げるものがいたとしても不思議ではない。
「何、雛ちゃん以外の女が刃物でも持ち出してきた?」
「半分正解。新婦にATM呼ばわりされた哀れな青年が乱入してきました」
「あちゃ~。雛ちゃんがそこまで嫌ってるあたり、男女そろって最低の屑だったわけか」
「お似合いですよね~はは」
永遠の愛でも誓ったらいいさ。
「で、これからミッチィの家に行くの?」
「よくわかりましたね」
「いや、だってその服脱げないでしょ、一人じゃ」
「あ~」
確かに、無理だ。
なにしろ、マーメイドタイプで体型がモロに出るようなぴっちりとしたこのドレス。
背中は同色の編み上げのリボンでキツく絞められ、自分では手もろくに届かない。
さすがゴシックというだけあって、実は中にもきちんとしたコルセットを着用しており、それを脱ぐのもまた一苦労。
本当はコルセットまで付けるつもりなどなかったのだが、服の持ち主である友人の「衣装を貸すからには全身コーディネートさせてくれなきゃ嫌だ。もちろんコルセットは必須」という主張に負け、結局全身着せ替え人形状態で好きなように任せた結果が今日の仕上がりである。
知り合いに見られれば爆笑は必須。
「笑っていいですよ、店長」
「え?笑うとこないでしょ~。確かに普段見ない服装だけど雛ちゃんに良く似合ってるよ」
「…アダ○スファミリーが、ですか…」
それはそれで複雑だ、とうなる雛子に、「違う違う」と慌てて手を振る店長。
「う~ん、なんて言えばいいかな、どうも雛ちゃんが着ると、コスプレ感があんまないんだよね。
普通の日本人ってさ、そういうの着ると、コスプレ感満載でしょ?
雛ちゃんの場合、あんまり違和感が無いというか…」
自分でもうまく説明できないのか、軽く首をかしげながらも言葉を捜す店長。
「なんだろうなぁ。顔立ちが洋風…ってわけでもないし。雰囲気的なもの?」
改めて言うが、今日のコンセプトはアダ○スファミリー。
「雰囲気が魔女っぽくて申し訳ありませんね」
「え~そうとる~?僕的には褒めてるつもりなんだけどなぁ」
軽い口調で、しかし先ほどの発言は意外と本気だったのか、納得がいかないといった表情を浮かべる。
「じゃあ店長、この服装のまま私とデートしてくれます?」
試しに言った言葉だったが、返ってきたのは予想外の答え。
「え、マジで?本気にするよ?いいの?言質とったからやっぱり嘘はなしね!」
明らかに興奮した様子で手を叩き、いつにしようか~!とうきうきカレンダーを眺める始めた彼。
「この服装でですよ!?」
「や、何の問題もないでしょ」
「あるとおもいます」
冗談のつもりで言った言葉に思わぬ食いつきっぷりをみせられ、思わず真顔になる。
「あ、でもその服ってミッチィに返さなきゃいけないんだよね。
じゃあ、今度僕が雛ちゃんに洋服買ってあげるから、それ着てデートしようよ、デート!」
10代の若者でもあるまいに、嬉しげに「デート」と連発する店長。
20代でこの店を始めたという彼は、現在では30歳半ばであるはずだが、言葉の選び方から服装まで全体的に若々しい。顔は童顔というわけではないのだが、どことなく愛嬌のある爽やかさがあり、この店の客層はほぼ女性だ。
つまり、女にもてる。
「ごめん、店長やっぱパス」
下手に店の常連客に見つかって面倒な事態になるのは避けたい。
「店長チェックお願い」と伝票をひらつかせ、この話は終わったものとして扱おうとしたのだが。
「待ってよ」
「…店長?」
「僕、冗談とか通じないタイプなんだよね。本気にするって言ったでしょ。デートのあとは結婚前提でおつきあいを申し込む予定だから、連絡先置いてって」
「や、それは本当勘弁…」
「だーめ、言いだしたのは雛ちゃんなんだからさぁ。飢えた狼の前に餌を投げ出しといてやっぱ無しってそりゃないでしょ~」
ガオ~と両手を振り上げ、狼の真似をする。
「店長なら女なんて選り取りみどりでしょ。飢えた狼どころか、ハーレムのライオンじゃない」
「その店長ってのもいい加減やめてほしいんだけどな。ちなみに雛ちゃん、僕の名前知ってる?」
「…」
「あ、その顔。わかったもういい言わないで。僕は薫ね。浅井薫」
「…可愛らしいお名前ですね」
顔に似合わず、どころか納得のネーミングだ。
「僕がお腹にいる時、父親が海外へ商品の買い付けに出かけててね。生まれてくる子供が男でも女でもどっちでもいいようにってこの名前をつけて行ったらしいよ。雛ちゃんも可愛い名前だとおもうけど」
「…ありがとうございます」
「どういたしまして」
なぜこんなところでお互い頭を下げ合ってるんだろう?そう内心で首をかしげたところで、店のドアが開き、新しい客がやってきた。
「いらっしゃいませ」
「…んじゃ、そいういうことで…」
ぴったりの金額を伝票にはさみ、その隙にそっと抜け出そうとした雛子だが、意外と力強い店長――薫の腕に腰を抑えられ、その場に止め置かれる。
「ここで帰っても後でミッチィにこっそり連絡先聞いちゃうよ。いいの?」
「……よくないです」
後で何を言われるかわかったもんじゃない。
それにあの友人なら面白がって連絡先を教えること位簡単にすると予想ができる。
「この店にもう来ないとかも駄目だから。そういうタイプでしょ、雛ちゃんって」
自分の逃げ癖を簡単に看破され、囁かれた言葉に唇を噛んだ。
「これ、僕のアドレスと番号。LINEは苦手でさ、やってないんだ」
つまり、そのアドレスに連絡先を送れと、そう言うことなのだろう。
他の客が入ってきてしまった手前、あっさりと雛子をその腕の中から解放しつつ、ちゃっかりそんなものを寄越してくる。
「言っとくけど、今回が特別!いつもこんなことしてないからね」
雛ちゃんだけ、とこっそり囁きながらカウンターへ戻って行く。
はぁ、と気のない返事をしながら彼の背中を見送った雛子は、彼の目がなくなったのをいいことに、渡されたメモを開きもせずテーブルの上に残し、店を去る。
去り際、ちらりと彼がこちらを見たような気がしたが…わざわざ追いかけてくることはないだろう。
冷たくなってきた外の風を頬に感じながら、はぁ、と息を吐く。
「みっちゃんに口止めしとかないとなぁ」
根掘り葉掘り聞かれることは避けられないが、個人情報の流失は阻止できるだろう。
お気に入りの店だったのに、残念。
早速逃げ道を探し始めた自分に、ほんの少しだけがっかりだ。
だが、あんなことがあってすぐ手近な相手に手を出せる程図太い神経はしていない。
しばらく男には懲り懲りである。
新しい仕事も探さなければ。
道行く途中で、店のショーウィンドウに移った自分の姿が目に入り、思わず笑った。
「確かに、似合ってるかもね」
―――逃げ足の早い、嘘つきな魔女。
読了ありがとうございました。