これは本当に夢ですか?
正直、これが本当に夢なのか自信がなくなってきた。
恐らく自分は自転車を避けた時の衝撃で意識を失っているのだと思うが…。
「なぜまたここ?」
気づけば、あの夢の場所で再び目覚めていた。
ここまで来ると、夢自体がなんだか怪しく思えてならない。
もしくはこの間薫の店で飲んだコーヒーに何かが混入されていたとか…。
―――あるいはあの御神水のパワー?んなバカな…。
というか、効き目が有るなら事故から守ってほしい。本気で。
3度目ともなれば慣れたもので、さっさと台座から起き上がった雛子は、そこですぐあることに気づいた。
「え、また!?」
部屋の片隅、今度はなぜか椅子に座った子供―――今度は子供といえど中学生位にまで成長している―――が前回同様ぐっすり眠り込んでいるのだ。
「こないだの子の…お兄さん?」
色合いも、耳につけているピアスもまったく同じだ。
というか正直、同一人物に見えるのだが…。
「いくらなんでもひと晩で育ちすぎ…」
それとも、夢は不条理なものであるからそれも仕方ないのか。
それが雛子の「大きくなった姿を見たい」という欲望を体現したものでないことだけを祈る。
同一人物だとしたら、前回のあどけない寝顔とは異なり、今回は眉間にシワを寄せて、非常に寝苦しそうだ。
なにか考え込みながら寝てしまったのか、腕はしっかりと胸の前で組まれたままだ。
若干、気難しそうにも見える。
前回をふまえ、やはり起こしてはいかんとそぉっとその場から立ち上がった雛子。
「今度は扉から何が出てきても驚かないぞ…」
いつもそこで目が覚めてしまうのはなぜなのだろう?
これで三度目、いい加減なにか理由があるのだろうとは思うが…。
まだ今のところ、扉の先に誰かが現れる気配はない。
「しかし本当にここはどこなんだろうな…」
これだけ繰り返し同じ場所の夢を見ているのだ。
本当にただの夢なのだとしても、全く見覚えのない場所という確率は低いのではないか。
これだけ細部まで再現できているのだから、現実でもこの場所に見覚えがなくてはおかしい。
「確かに…どこかで見たことがあるような雰囲気はあるんだけど…」
勿論夢以外で、ということだが、それがどこであるのかははっきり覚えていない。
もっとずっと昔のことだったような気はするが…。
「とりあえず扉の先に出てみる…?」
この先がどうなっているのか、好奇心が疼くところだ。
ゆっくりと台座を降りた雛子の足はなぜか素足。
服装は必ず例のドレスだというのに、なぜそこだけ素足なのか全く説明がつかない。
部屋の床は大理石のようなつるりとした石で、足をつけるとヒンヤリ冷たい。
少年が眠り込んでいる椅子は扉のすぐ横で、まるで雛子が起きるのを見張っていたようにも見えるが…。
「気のせい…だよね?」
彼から悪いものは感じない。
―――ただ、なぜか深い苦悩のようなものは感じ取れるのだが。
どちらにせよ、ここから出るには彼の前を通らねばならないようだ。
そぉっと、抜き足差し足で移動する雛子。
少年の真横まできた時、何気なく少年の方をふっと横目で見れば。
まるでタイミングを見計らっていたかのように、椅子の背にもたれかかって眠っていた少年が、ぐらりと体を揺らし、前のめりに倒れこむ瞬間だった。
流石にまずいっ。
何しろ床は石だ。
正面から行けば顔面強打である。
思わず足が先に出て、倒れ込む少年の体を後一歩のところで支えていた。
「ん…」
なんとか少年を掴み椅子まで戻せば、流石に何か異常に気づいたのか、少年が小さく声をあげる。
だがまだ目を覚ます気配はない。
ホッと人安心してすぐに少年から手を離し、しばし様子を見る。
「同一人物…かなぁ…?」
まじまじ見ると、やはり昨晩の子供そっくりだ。
ここまで良く似た兄弟が果たして存在するのだろうか?
「明日同じ夢を見たらまた育ってたりして…」
そうだとしたら、今はまだ子供の領域だが次あたりは完全な青年だろう。
夢の中で王子様を育てるって、それなんの乙女育成ゲームだ…。
思い当たってしまった事に、そこはかとなく自分の疚しさが現れているようですっと少年から目をそらす。
そして扉の先へ行こうと手を伸ばした時。
ガシッ。
「は?」
組んでいたはずの少年の腕が、なぜか扉へと伸ばした雛子の腕を掴んでいる。
しかも、まだ彼の瞼は閉じているというのに。
―――え、寝ぼけてるの?
その割に腕の力はやたらと強いのだが。
ちょっとやそっとでは抜けそうにない。
無理やりいけば離れそうだが、そこまですれば流石に彼も目を覚ましてしまうだろう。
それもなんだか嫌な予感がする。
どうしよう。
行くべきか行かざるべきか、それが問題だ。
「ええい、行っちゃえ!」
覚悟を決めて、少年の腕を振り切って扉を開こうと足を踏み出す。
その時。
「…魔女様…?」
「あ…」
掴まれていた腕に、更なる力がこもった。
そして、少年の目が、覚めている。
紫色の、神秘的な色をしたその瞳が。
「あぁ…ようやく会えた…」
眉間のしわが消え、心から嬉しいというのがこちらからでも見て取れるほど雰囲気が和らぐ。
そしてすぐに、自分が座ったまま雛子の腕を掴んでいることに気づくと、あわててそれをとく。
まるで、尊敬する相手になにかひどく失礼なことをしでかしてしまったかのように。
その次に彼がとった行動は、完全に雛子のキャパをオーバーした。
「お待ちしておりました、偉大なる魔女王よ…」
椅子からはなれ、雛子の足元に跪くと、少年はなんとその素足にくちづけをしたのだ…!!!
「――――――――――!!!!!!!」
その瞬間、思わず雛子の足が動き。
―――膝で思い切り少年の顎を蹴り上げてしまった。
おそらく思ってもみなかった雛子からの攻撃に、真正面からそれを食らってしまった少年の体が軽く吹っ飛ぶ。
うわ。超痛そう。
自分でやっておいてなんだか、ふっとんだ少年がしたたかに背中を床に打ち付けるのを見ながら、思わず両手でその目を覆う。
少年も一瞬息が詰まったのか、苦しそうにゲホゲホ咳き込んでいるようだ。
流石に申し訳けなく思い、背中の一つでも叩いてやらねばならんかと彼に触れ―――――。
なぜか、その直後に、雛子の意識は再び途切れた。
あ。
―――そういや私、頭打ってたけど大丈夫かな…。
救急車、ちゃんと呼んでもらえたんだろうか…。




