サンタクロースは苦労する②
うーん。
「買っちゃった…な」
プレゼントのギフト包装を前に、これほど苦悩することも珍しい。
ほとんど勢いに任せてレジに持っていき、買うまではもうどうにでもなれという気分だったのだが、手元にくるとまた落ち着かない。
果たしてこれで良かったのだろうか、と。
まぁそれなりのお値段がしている以上、渡さないなんて勿体無い選択肢はないし、迷ったところで意味はないのだが。
しばらくは、プレゼントの箱を前に悶々とした日々を送ることになりそうだ。
デパートを出て駅までのバスに乗ったのだが、平日とは言えこのクリスマスシーズンのバスはそれなりに混み合って、さすがに座る場所はない。
中には子供のおもちゃを買ったのか、大きな荷物を抱える大人もちらほら通り、通路も手狭だ。
とりあえず隅っこに立ち位置を見つけ、そこでじっとしていたのだが。
「…?」
気づくと、隣にいた子供がじっとこちらを見ている。
母親らしき女性はスマホをいじるのに忙しく、こちらには全く気づいていない。
昨日の夢の中に出てきた子供よりも少し幼いように見えるが、幼稚園性くらいだろうか。
仮面ラ○ダーのトレーナーを着て、背中には新幹線のリュックをしょった男の子だ。
こんな時子供慣れしている女性なら笑顔で話しかけてあげるのだろうが、生憎なにを言えばいいのか検討もつかない。
というか何故見られているのかがまずわからない。
じー。
じー。
じー。
うっ…。
無言で見上げられた上、なぜかそのままぺろぺろと自分の右手をしゃぶり始める。
左手は母親のコートの裾を掴んでいるのだが、右手は既にぐちゃぐちゃだ。
あ~あ~。
いいのかなぁ…。
人の子供ながら心配になる。
ティッシュか何か持っていただろうか?
しかし突然見知らぬ大人に話しかけられて泣かれたら最悪だ。
それどころか親からキレられかねない。
手を出しあぐね、二人でしばらく見つめ合うこと数分。
がたん、っと突然バスが揺れた。
「うぉっっと!!」
きゃあ、などという可愛い声が出ることもなく、咄嗟にすぐ横の椅子に背もたれに掴まる。
ふぅ、と息をつくまでもなく、突然ドン、っという衝撃を感じた。
「は??」
どうやらバスの揺れでバランスを崩した子供がこちらに倒れ込んできたようだ。
母親の服の裾を離してしまったのか、がっちりと雛子の足にしがみついてきている。
びっくりしたようで、雛子の足にぐりぐりと顔をこすりつけるのは、非常に可愛い。
可愛い…が。
この状態に気づけ、母親よ。
自分の子供が見知らぬ女の足にしがみついているというのに、全くの無反応。
さすがにこれはないのではないかと思っていると…。
「・・・あ、あれ…?」
なぜか女性は子供など初めから見ていなかったかのように後ろも見ずにさっと前へ移動すると、乗降ボタンを押して明らかに降りる準備を始めてしまう。
この子…は?
もしかして、親じゃなかったのか。
そしてこの場合、周囲から母親と認識されるのは私か!?
「おばちゃん」
「…ん?」
ようやく落ち着いたらしい男の子が雛子の足から顔をあげ、服の裾をくいくいと引っ張っている。
「いちじょうえき、どこ?」
「一条駅?」
それはこれから雛子も行く予定の駅だ。
「僕、もしかして一人なの?」
まさかと思ったが、男の子はこくりとうなづく。
「お母さんは?」
いくらなんでもこんなに幼い子を一人でバスに乗せるような親が居るのか。
「ひとりでさきにかえりなさいっていった。
えきに、じゅんちゃんがむかえにくるからって」
おぅ…。
どうやら途中までは一緒だったのに、先に子供だけ一人で帰らせたようだ。
ありえないだろう、それは。
この子はいくつだ。
「僕、いくつ?」
しゃがみこみ、真顔になって聞いてしまった。
「ぼく、5さいだよ!」
「…そうか、小学校入学前か…」
得意満面な様子で教えてくれる男の子には申し訳ないが。
「…信じられん。どんなバカ親だ…!?」
小学校入学前の子供を一人でほおり出す親がどこにいる!
幸い、雛子とこの子は同じ場所で降りるようだ。
「僕、お金はもってる?」
持っていなかったら出してあげようとは思いながらも尋ねると、しっかりした様子で男の子はポケットから小さなコインケースを取り出す。
中を覗かせてもらったが、駅までのバス代くらいは入っているようだ。
「おばちゃん、ぼくけいちゃん。おばちゃんは?」
「そ、そうかぁ、けいちゃんか…。おばちゃんは、ひなちゃんだよぉ…」
出来るだけ美智のような柔らかい口調を目指してみたが、やはり口元がひきつる。
「ひなちゃん…。ひよちゃん…?」
「いやだから、雛だって・・・」
「ひよちゃん!!」
子供なりに納得が言ったのか、訂正する雛子の言葉など全くの無視できゃっきゃと笑い始める。
「まぁ、泣かれるよりはいいか…」
はぁ、と肩で息をつく。
なんだか今日は慣れないことの連続だ。
駅までは後数分で到着する。
問題は一つ。
その迎えに来る#じゅんちゃん__・__#、とやらが果たしてまともな大人かどうか、だ。
何しろ子供を一人でバスに乗せる親の関係者である。
せめて多少の良識を持ち合わせていることを願うが…。
この子、けいちゃんとそのじゅんちゃんとやらが無事に落ち合うことができるまで、さすがに放置することはできそうにない。
もしぱっと見おかしな相手が迎えに来ていたらいっそ児童相談所に駆け込んでやろうかと思いつつ、前に見えてきた駅を睨む。
もう、その迎えは来ているのだろうか。
バスが止まり、ほとんどの人間がその駅でバスを降りた。
勿論雛子と男の子もだ。
手をつなぎ、2人でバスを降りる姿はどう見ても親子にしか見えなかっただろう。
ちなみにけいちゃん、一人でバスに乗るのは初めてではなかったのか、しっかり一人でお金を払うことができた。
日頃からこうなのかと思えばまだ見ぬ保護者に怒りが沸くが…。
降りた先で、しばらくキョロキョロと周囲を見回していた男の子は、やがて目的の相手を見つけたのだろう。
「じゅんちゃん!!」
握っていた雛子の手をぱっと放し、あっという間に走り出す。
「ちょ…危ない!!!!」
目の前は車通りの多いロータリーだ。
反対側にいるらしい迎えに向かって走っていったようだが、危険すぎる。
慌てて追いかけた雛子だったが。
「…駄目!!!!」
一台の車が男の子に向かって突っ込んでくる姿に、半ば転がるようにしてなんとか男の子を抱え、間一髪車との接触を逃れ、歩道の前に倒れこむ。
だが、そこで日頃の運動不足が思い切りたたった。
難を逃れて逃げ込んだはずの歩道に、今度は自転車がやってきたのだ。
慌てて避けようとして…男の子を腕に抱いたまま、雛子は盛大にすっころんだ。
しかも前に抱え込んでいた男の子を守ろうとしたため、思い切り後頭部を道路に打ち付けて。
「ひよちゃん…!ひよちゃん…!!!!」
血相を変え、火が付いたように泣き出す子供の声を聞きながら、雛子は思う。
『頼む、なんとかこっちにきづいてくれ、この子の保護者…!』
どうやら頭を打ったらしく、意識が薄れてきた。
お願いだから。
『…救急車…呼んで』
「ひよちゃぁん…!!!!!」




