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サンタクロースは苦労する。

…とりあえずデパートに来ては見たものの、さぁどうしよう。


薫の店まで来たついでに、とある大型ショッピングモールへと足を運んだのだが、店内に入るなりすっかり参ってしまった。

何しろどこへ行ってもクリスマスクリスマス。

プレゼントを見定める客と、クリスマス商戦まっしぐらの店側の熱意とが熱いバトルを繰り返している。

ここに乗り込んでいくのか?

―――正直結構きつい。

何しろ、付き合っていた元彼にすらおざなりなプレゼントしか渡していなかったのだ。

率直に言えば欲しがるものをそのまま与えた。

だが今回の場合、欲しいものはと聞いたところでろくな答えは帰ってこないだろう。

念のため、美智にも電話してみたが、「婚姻届にサインしてあげればすごく喜ぶと思う」と真顔のトーンで答えられてしまった。

ない。それはない。

だがクリスマスプレゼントと称して婚約指輪を買ってきかねないのが薫だ。

普通なら自意識過剰とでも言われるかもしれないが、あのやたらと重い男の本気である。

考えるのも恐ろしい。

だが、さすがに「指輪は買うな」とは言えないし…。

そんなことをしたら逆に欲しがっていると思われても仕方ない。

前振りではないのだが、確実にそうとられる。

今日だって、さっさと帰ろうとする雛子をさんざん引き止めていたのだ。

とはいえ明日の仕込みはあるし、クリスマスを一緒に過ごすことも決まっていたため、今日のところは諦めたようだが…。

「男物か…」

まず洋服はサイズがわからない。

多分Mだろう…とは思うが。

無難なのはマフラーや手袋だが、たくさん種類がありすぎてどれも同じに見えて仕方ない。

雑貨店に飾ってあったキラキラと輝くジッポライターにはなんとなく心をくすぐられたが、そもそも。

「タバコ…吸ってたっけ…?」

見た目だけなら一押しなんだが。

以前雛子自身も見た目に惹かれて買おうか悩んだことがあったのだが、結局タバコを吸わないために諦めた。

元彼はそういった趣味はないし、早々に電子タバコに変更していたから候補にも上がらなかった。

「う~ん…」

他にもたくさんの客が同じように時間をかけてプレゼントを吟味しているのに便乗し、しゃがみこんでじっと眺める。

だが下手にプレゼントなんて渡したら、変に気を持たせることにならないだろうか?

しかし先日のうなぎといいクリスマスの料理といい、薫には確実に借りがある。

それをまったく返さないというのもなんだかもやもやするし、それこそ甘えているようだ。

やはりいここは無難にそこそこの金額のそこそこなものを選んで美智と共同で渡すべきか…。

「どうしよ…」

ここ最近でこんなに買い物を悩んだことはない。

あまり店の前に座り込んでいるのも悪いかと思い、一旦別の店を回ってみようかと重い腰をあげる。

「あれ?もしかしてひよこちゃん?」

「は?」

背後からかけられた全く想像もしていなかった声に、瞬間、間抜けな声が漏れた。

「やっぱり!その首筋から背中のラインはきっとそうだと思ったんだよねぇ。なになに?クリスマスプレゼント?薫に買うの?薫だったら君からの婚姻届を今一番欲しがってると思うよ!おじさんおすすめ!」

「店員さんここに不審者がいます」

にこにこと声をかけてくる男―浅井雄次郎に、真顔で店員を呼び止めようと思った。

どうやら忙しく客の応対をしている店員には聞こえなかったようだが。

「それとも何か欲しいものがあるならおじさんが買ってあげるよ?

この時計なんてどう?うちの店から卸してるものなんだけど」

そう言って雄次郎が手にとったのは、少し不思議な地球儀のようなデザインをしたアクセサリー風の時計だ。

ベルトは革で出来ており、なかなか可愛らしい。

…まぁ、チラっと見えてしまったお値段の方は可愛らしいものではないが。

それよりも。

「うちの店?」

「そ。ひよこちゃんには見せたでしょ?うち、若手のデザイナーとかを取引相手に雑貨屋やってんの。

人気のある商品は、定期的に大手の量販店なんかにも卸させてもらってんのね」

これなんかも最近の売れ筋、と有無を言わさず雛子の腕に時計を巻きつける。

「ん、良く似合ってる!」

「…いや、結構です」

買ってもらうつもりはないし、可愛いとは思ったが自分で気軽に買える値段ではない。

無職に○万超の時計は過ぎたる品物だ。

「買ってあげるよ!うちの薫を貰ってくれる御礼にさ」

だからお義父さんって呼んで?と可愛らしく首をかしげられ、即効で時計を腕から剥ぎ取った。

「そもそも貰った覚えがないので結構です」

「ちなみにあいつって、着払いで送りつけられる宅配便みたいなもんだから。よくあるよね、そういう詐欺」

「押し売りより悪質じゃないですか」

「あ、あいつの場合金は取らないよ。その代わり人生を担保に取られるけど」

あっはっは、と笑っているが笑い事ではない。

改めて正面から雄次郎の顔をまじまじと見れば…やはりよく似ている。

よく言えば味が増した、悪く言えばもう少し年を食った薫だ。

「…薫さんのお父さん…ですよね」

「That's right!(その通り!)」

その無駄にいい発音にイラっとする。

昨日念の為薫に確認を取ったのだが、間違いなく本人とのこと。

…その上で、「絶対近寄らないで!近寄ってきたら不審者って叫んでいいから!」と念を押された。

父は息子を詐欺師呼ばわりし、息子は父を不審者と言う。

一体どんな親子関係を気づいたらそうなるのか実に疑問だ。

薫が生まれた時も海外に買い付けに行ったきり留守だったというが…。

「いやぁ、薫の奴がこんなに可愛いお嫁さんを見つけてくるなんて僕は本当に嬉しいよ!だから早くお義父さんって呼んで!」

「しつこい」

人の話を聞いているのかいないのか。間違いなく後者だ。

「昨日薫のやつに電話したら妙に浮かれてたからさ、こりゃ君とうまくいったんだなぁと確信したわけよ。

んでそこんとこつついたら案の定付き合うことになったって言うからさぁ、こりゃめでたいなと」

一体いつの間に親子間で話がついていたのか。

今日薫の口からそんな発言はなかったはずだが…。

「言っておきますが、付き合い始めたわけではなくて、お試しです、お試し」

「あいつがそれで済ませるわけないと思うけどねぇ…。

失業保険が払われるまでの3ヶ月間、だっけ?」

そこまで話したのか、と思いながらも特に嘘をつく必要もないのでうなづく。

「どうせ金なんて薫が腐るほど持ってるんだからさ。

失業保険なんてケチなこと言わないでYouうちに来ちゃいなよ!」

…あなたのところはジャニー○ですか。

喉元まででかかった言葉をぐっと飲み込む。

ここで相手にしたらどこまでもつけ込まれる予感しかない。

さすが親子。

「うちの店って癖のある連中との取引が多いからさ。実のところひよこちゃんみたいに肝のすわった若い子って喉から手が出るほど欲しいんだよね」

芸術家肌の奴らって本当面倒で、と愚痴る雄次郎だが、その相手も雄次郎にだけは言われたくないはずだ。

「あいつらも雛ちゃんのことはきっと気にいると思うんだ。特にこの時計を作ったデザイナーは薫の幼馴染だから、会えばいろいろ面白い話が聞けるはずだよ」

だから、ね?と首を傾げられてもどうしろというのか。

「あの…まだ買い物の途中なので…」

「え?薫のプレゼント選びじゃないの?」

「違います」

違わないが、そういうことにしよう。

「ふぅん。言っとくけど、薫以外の男にプレゼントなんてあげようもんなら大変だよ~?社会的に消されるよ~?」

「誰もプレゼントを探してるなんて言ってないんですけど!?」

というか社会的に消されるというのはどういう意味だ。

そっちの方にびっくりして大きな声が出てしまった。

「ま、そういうことにしておこうか。僕も今日はこの後別の仕事があるしね」

意味深な笑みを浮かべて、「じゃ、またね」と自ら去っていく雄次郎。

「…またはないと信じたい…が」

確実にまたどこか出会うことになるだろう。

なんだか短い時間でドッと疲れてしまった。

このままデパートに居続けて再び雄次郎に捕まるのも嫌だし、今日はもう帰ってしまおうか。

そう思い、その場を後にしようとしたのだが。

「…あ」

視界の隅に、気になるものを見つけた。

近寄って手にとったそれは、どこか手にしっくりくるような重さをして、ほんのり冷たい。

「…キーホルダー?」

よく近づいてみれば、すぐ横のPOPには「名入れ刻印30分~致します」の文字が。

お値段もキーホルダーとしては高額だが、まぁ許容範囲の額だ。



…これ、いいかもしれない。








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