魔女でひよこなお姫様
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予定外に美味しい夕食を堪能し、雛子はすっかり満足だった。
たとえ、運転席に座る薫が涙目でハンドルを握っていようとも。
「雛ちゃんがつれなすぎて僕…新たな性癖に目覚めそうだよ…」
「自己防衛本能が働いた結果です」
自宅まで送るというのを即答で断ったことを根に持っているのだろう。
だが、ただでさえ危ない男にどうして自宅を公開できるというのか。
「ミッチイは素直に送られてくれたのに!?」
「そりゃみっちゃんにとって薫さんは安全圏扱いだから」
自分の親友にベタ惚れだとわかっている男など、警戒する必要がどこにある。
ただでさえ美智に何かすれば雛子には筒抜けの状態だ。
先に美智を送り届け、つい先程から再び車内は二人きり。
「あ、そこ右に曲がってください」
先の曲がり角を見つけそう指示するが、なぜか薫はそれに従わない。
「雛ちゃん家は真っ直ぐでしょ。…もう今更だから言っちゃうけど、僕、雛ちゃん家知ってるから」
だから、隠しても無駄。そう言って躊躇なく車を走らせる。
確かに雛子の住むアパートに行くにはまっすぐ行ったほうが近い。
薄々そんな気はしていたが、また自分から暴露した薫に、胡乱な目を向ける雛子。
「怒られると思って黙ってたけど、こんな夜に雛ちゃんを一人で置いて帰るなんて無理。絶対無理。部屋に上げろなんて言わないから大人しく送られて?お願い」
じゃないと心配で後ろからこっそり後をつけてっちゃうかも、と言われ、雛子は嘆息する。
「それ、どっちみち一緒じゃないですか…」
「だから、大人しく家まで車に乗ってけって言ってるの」
「拒否権なしですよね」
「この場合は誰に聞いてもそれが正解だって言うと思うよ。絶対安心、なんて言葉はどこにもないんだから」
ただ歩いているだけで飲酒運転の車が突っ込んで来る時もあれば、空から何かが落ちてくることだってある。
「車に乗ってても一緒だと思いますけど」
事故る時は事故るでしょう、とわざと皮肉った物言いをしてみる
薫が純粋に心配してくれていることは分かってはいるが、どうにも素直に「はい」とは言い切れない。
「少なくとも僕と一緒ならどんなことをしても雛ちゃんだけは守るよ。最悪でも死ぬ時一緒なら悔いはないし」
「普通、命に代えても君だけは守るとか言いません?」
「僕だけ生きて雛ちゃんが死んじゃうのは論外として、雛ちゃん一人残していくのも嫌」
絶対嫌、と更に強く言い直す。
「…重い」
「重量級は認める。できれば受け止めて欲しい」
それはちょっと図々しいのではないか、と思いながらも声には出さない。
「ほら、もうすぐ雛ちゃんのお家でしょ。夜はしっかり戸締りして、暖かくして寝るんだよ?なんなら僕が隣で温めるけど…」
「それは調子に乗りすぎです」
雛子が何も言わないのをいいことにまっすぐ車を走らせる薫は、やがて雛子の住むマンションの駐車場まで着くと、静かにエンジンを止める。
「はい、お姫様到着です」
「姫と呼ばれる年齢は軽く超えてますけどね…」
27歳、そろそろ職場での”若い女の子”のカテゴリーから外される年齢だ。
「僕にとっては雛ちゃんはかわいい魔女でひよこのお姫様!」
「もはや訳がわかりません」
魔女でひよこでお姫様?もりすぎだろう、どう考えても。
「…寄ってきますか、なんて言いませんよ」
ここはそういうべきシーンなのだろうが、そうなった場合の身の安全は確実に保証されない。
「それは構わないけど、これからは僕以外の男も部屋にあげたらダメだからね。特に不審者は絶対部屋に入れないように!」
めっ!っとまるで子供を叱るような素振りの薫。
しかし、こちらが言いたいことは一つ。
「それで言うと薫さんも一生部屋に入れないことになりますけど…」
「…よぉくわかった。雛ちゃんの中で僕は不審者枠なんだね…?」
そりゃそうだろう。
教えてもいない他人の自宅を知っている男が不審者以外のなんだ。
遠い目をする薫をよそに、車のドアに手をかける。
そして、一度運転席を振り向くと薫に向かいぺこりと頭を下げた。
「うなぎ美味しかったです。今日はご馳走さまでした。それから…送ってくれて有難うございます」
「…!雛ちゃんっ!」
感極まったような声をあげる薫をあっさり背にし、さっさとドアを開ける。
「雛ちゃん!食べ物に釣られても絶対に他の男の誘いに乗っちゃ駄目だからね!お菓子あげるって言われてもついていかないように!」
そのまま立ち去ろうとする雛子の背に、どこの幼稚園児だといいたくなるような声がかかるが、それはあっさり聞き流す。
「また明日!店で待ってるから!」
必死で声をあげてぶんぶんと手を振る薫に、一瞬だけ振り返った雛子が、ふわりと笑みを作る。
なんだかんだで、今日は楽しかった。その、お礼をこめて。
「おやすみなさい、薫さん」
読了ありがとうございました。




