今は昔の車のエピソード Vol.1
昔は自力で車の故障に対応できた。そんな話です。
「神尾、マズい事になった」
日曜の夜11時。俺は明日からの仕事に備えて寝ようとしていた。こんな時間に玄関のドアホンを連打するバカは、職場の後輩の小川くらいだろう。
二つ年下だが、他の奴らより年が近い事もあり、週3日飲みに行く程度には仲が良い。だが、こいつは仕事は出来るが、それ以外ではあり得ないような笑える事態をよく起こす。今回は何やらかしたんだか。
「おう、小川。どうした?」
「彼女の車のバッテリーが上がって、バッテリーコード繋いだら、火花が散って煙吐いて動かなくなった」
俺には彼女は今いないが、小川には、このまま付き合い続ければ、いずれ結婚するであろう女性がいる。思いつきで行動する、小川の尻拭いの度、怒っているのはよく見かける。結婚前からオカンのようだとの周囲の意見は当然だろう。
車の煙は、多分、バッテリーコードを繋ぎ間違えて、ショートしたためだろう。考え無しに動くからだ。真冬の北海道は、放射冷却作用で、晴れる程に気温が下がるため、走行距離や使用年数により、バッテリーから放電しやすく、車が動かなくなる事はよくある。こういう時の為に、俺の車にはバッテリーコードを載せてある。夏でも、エアコンを使いまくって、車内ランプを点けたまま施錠し、バッテリーが上がったと、電話を掛けてきたのも小川。それ以来載せたままだ。
「しょうがねぇなぁ」
小川に先導させて、自分の車で後を追う。5分程走った。ハザードランプを点けて、路肩に停まった赤い小型車が彼女の車だ。
雪は積もっていないが、晴れて風があるせいか、外に出ると鼻の穴が凍りつくように寒い。この感じだと、気温はマイナス10℃を下回るだろう。夜に、動かない車内の中で、彼女を待たせる小川は気遣いゼロどころかマイナスだな。
「神尾さん、いつもすみません」
「しょうがねぇよ。小川だからな」
「何だよ。俺も一生懸命頑張ったのに」
お前の一生懸命は、大概空回ってるけど。
ボンネットを覗くと、2本のコードがそれぞれの車から繋がれてうる。彼女の車のバッテリーのプラスから小川の車のバッテリーマイナスへ繋がり、彼女の車のバッテリーのプラスから小川の車のバッテリーのマイナスへ。更に彼女の車のバッテリーからエンジンに繋がるコードは根元近くで焼き切れている。過電流に耐えられなかったのだろう、火花の原因はこれだ。
この状態では、1Aの電気も車には流れず、動くはずが無い。正直、こんな面倒くさい事には関わりたく無いし、1秒でも早く立ち去りたい。この馬鹿はどうでもいいけど、泣きそうになってる小川の彼女の事を放って置くわけにもいかないか。
話を聞いた時に必要だろうと車の工具箱から太さの異なる電気コードを取り出して、焼き切れたコードと似た太さのコードを取り出す。焼き切れたコード をそれぞれの端3㎝位で揃えてニッパーで切り、芯が出るようにカバーのゴムを切る。繋ぎ用に電気コードも同じ用に芯を出すように処理する。それぞれを捻り合わせて、ビニールテープでぐるぐる巻きする。これで電気が来るはずだ。寒い中の作業は手袋してても指が悴む。
バッテリーコードをプラスからプラスへ、マイナスからマイナスへ繋ぎ直して、小川の車のエンジンをかけてから彼女の車のエンジンをかける。エンジンが動く音を確認して、バッテリーコードを外した。
「終わったぞ。応急措置だから、明日ディーラー行って直してもらえよ」
「遅くに申し訳なかった。助かったよ。ありがとう。今度奢るよ」
(当たり前だろ!)
思っても口には出さない。
小川の彼女はしきりにお礼を言ってくれたが、小川には一言も発していない。夜中にこれじゃあ当然だな。用は済んだ。明日も仕事。さあ帰ろう。
寒い中、二人は更に冷え冷えとした雰囲気だが、俺にはもう出来る事は無いと思うし、する気もない。
小川へ、合掌。
だか、小川のやらかしはこれで終わりではない。
良い子は真似しないで、専門業者に任せましょう。保険の適応外になってしまいます。