第一話 二つの物語は出逢う
桜咲き舞い散る季節、暖かな陽光の差す、とある一日の始まり。
ピピピピ・・・と目覚まし時計が鳴る。少年は時計の上にあるボタンを押してこれを止める。のっそりとベッドから出た彼は、寝ぼけた眼をこすりながらゆっくりと部屋を出る。目を覚ますべく部屋を出てそのまますぐに洗面台に向かったところで、先に洗面台を使っていた先客と顔を合わせる。
「おはよう、我が弟よ。眠そうだね?」
そう話しかけてきたのは、少年の姉である村雨怜奈である。彼女は数年前に高校を卒業し、立派な社会人をやっていて、裕二は今年からこの姉と二人暮らしである。
「おはよう姉貴、今日が楽しみでちょっと眠れなかったんだ」
と返すのは、この物語の主人公である少年、村雨裕二である。たった今から数時間後、彼が入学する学校の入学式が行われ、彼の新しい生活が始まるのである。
「もー、楽しみなのは分かるけどちゃんと寝なきゃだよ?優等生クン」
「何言ってんだ、試験の点数もギリギリだったし今から行く学校じゃ落ちこぼれだろ」
裕二は何事にも妥協したくない性格であったため必死に勉強し、受けられそうな範囲で最も偏差値の高い学校を選んだ。結果彼は、それなりに名前の通った進学校に入学することになったのだ。彼の親は過保護で、高校生になったばかりの息子を一人暮らしさせたくないために彼の受験自体に否定的だったのだが、弟がやりたいことをさせてあげたい、と怜奈が自宅に住まわせることを提案したため今に至る。
「ゆうちゃん、今日の朝ごはんは昨日の残り食べてね・・・早出だから時間なくてごめんね、行ってきますっ」
と言い残し、怜奈は職場へ向かう。普段は裕二より早く家を出ることはないのだが、たまに何かしらの当番で家を早く出ることがある。今日はたまたまその日だったようだ。家に一人残った裕二も、時間は少し早いが制服を着て家から出る準備を済ませる。初日から遅刻ギリギリだったりしたら格好がつかないと考えた裕二は、時間が少し早いのを余裕があると捉えて家を出ることにした。
同日、とある一軒家。
「おはよう、父さん、母さん」
一人の少女が、今は亡き両親に挨拶する。彼女の両親は数年前に原因不明の事故で他界している。祖父母も他界しており、彼女は一人で両親の残した家で一人暮らしをしている。
「げ、目覚ましの時間変えるの忘れてた・・・」
彼女は、今年度からとある学園の生徒会長を務めており、今日はその学園の入学式が行われるので生徒会のメンバーは少し早く集まって準備やプログラムの最終確認をすることになっていたのだが、彼女は普段通りの時間に起きてしまったのだ。
「やばいよね・・・まだ間に合うよね・・・行ってきますっ」
そういいながら彼女、峯雲琴音は朝食を口にせず小走りで家を出ることにした。
少し走った所で少女は思う。走るの疲れるし朝食を食べてくればよかったな、と。しかし、朝食を食べていればそれはそれできっと朝食を食べていれば起こったであろう腹痛への文句を自分の中で言うのだろう。こんな事を考えることにより空腹への意識をそらそうとするが、空腹のことを考えていれば当然意識も逸れることはなく、より空腹にさいなまれた彼女は何も考えないようにし、もはや無意識でぼんやりと学校に向かって走っていた。生徒会のメンバーは皆別方向だし、学園の生徒はまだ登校するような時間じゃない。つまり、誰にも情けなく息を切らしながら走る姿は見られないと油断していた彼女は気を緩めた途端に路上花壇につまづき、顔面から地面に転んでしまった。
「いったー・・・こんなとこ見られたらどうしよう」
「あの、大丈夫ですか」
「殺しましょうか」
「えっ」
「は?」
これが裕二と琴音のもはや宿命とも言えた出逢いだった。