第七話 妖怪学校⑦
職員玄関を通り、職員室へとやってきたがそこまで続く廊下の壁や床に破損の跡は一つも見当たらなかった。
「失礼します…」
「あ、おはようございます!赤峰先生!」
大きな声とともに立ち上がった女性は僕と同じくらいの歳に見えた。髪は肩ほどの黒髪で少し熱血っぽい印象を受けた。
「おはようございます…えっと…」
「あ、私、高森恭子っていいます!配属は普通科で今年から国語を教えることになりました!新任同士よろしくお願いします!」
「あ、よろしくお願いします。」
うちの学校には人間の通う普通科と妖怪の通う特殊科が存在する。特殊科の表向きは「定時制の優秀な学生を養成するための特別学科」ということになっており、普通科は普通の公立高校という扱いになっているのだ。
「でも赤峰先生は確か…特殊科でしたよね。結構来る時間早いんですね!」
「確かに本当はもっと遅くても大丈夫なんですけどね。…昨日あんなことがあったから片付けとかあるかなと思いまして。」
「?あんなこと?昨日何かあったんですか?」
「え?だから学校が水浸しに…」
「ミズ、ビタシ?」
「え?…いやなんでもありません。すいませんなんか変なこと言って。ちょっと疲れてるのかな。あは、あはははは…」
「そうですか?あ、私も実は昨日から体が重いんですよね。運動したわけでもないのに少し筋肉痛みたいな。いてててて。」
そう言って高森さんは自分の腰をさすっている。
「それに昨日は夜まで学校にいたはずなんですけど、いつまにか家に帰ってたんですよね。しかもずぶ濡れで。…お互い新任で少し疲れているのかもしれないですね。」
「そう、かもしれないですね。…すいません、少し行くところがあるのでもう行きますね。」
「あ、はい。行ってらっしゃい。」
あれ?知らないの?あれは全て僕の夢?訳の分からない自分の置かれてる状況が気になり僕は校長室へと向かった。
「えっと…つまりこういうことですか?」
この学校、会妖高校は表向きは定時制のある普通の公立高校であるけれども実は日本政府の全面的な支援のもと運営されている学校であること。そしてこういった学校は全国にあと何箇所かあり、妖怪世界と人間界を繋ぐ架け橋になっている。
ここ日本は太古の昔からほそぼそとではあるが妖怪との交流が行われてきていて妖怪は人間と比べて進んだ知識や技術を持っており、人間に様々な新しい発見をもたらしてきた。そして明治時代、他国の進んだ文化に追いつこうとした日本政府は密かに妖怪との密約を交わし文明開化を成し遂げ、これまでの日本の発展の一因となっている。密約の内容は妖怪達のための学校を作り、妖怪達のそれぞれのニーズに合った教育に協力すること。妖怪達は進んだ知識をもっていたがそれは一部に偏っており、まともな教育機関のない妖怪の世界に知識を広めるためには人間の世界の協力が必要だったのである。
「まぁ大体そんなところかな。」
「じゃあ昨日のあの一件が何事もなかったかのようになっていたのは政府やその妖怪の協力があったからってことですか?」
「そう。妖怪側としても密約の内容が世間に露呈するのは避けたいから、『学校』に関しては最大限の協力をしてくれてるわけなんだよ。学校の修繕修復は勿論、関わった『普通の人間』の記憶を抹消するとかね。」
「き、記憶を抹消!?…それはなんとも物騒ですね…」
「…まぁそうなんだけどお互いのためだからね。仕方ないよ。」
「な、なるほど…」
さっき記憶にない疲れを訴えていた高森先生のことを思い出した。よく思い出すと他の先生もどこか疲れた顔をしていた気がする。
「話は以上かい?」
「…あっ、そうだもう一つ教えて下さい。校長先生、…私が特殊科に配属された理由を教えて欲しいのです。私はこれまで『妖怪』が見えた経験なんかがないものですから、今も『彼等』が見えるのが不思議で仕方なくてイマイチ実感がわかないんです。…どうしてなんでしょうか?」
しばらく校長先生は黙った後、ゆっくりと口を開いた。
「…実は今回うちの高校に君を招いたのはある人に頼まれたからなんだ。…君のおばあちゃんだよ。」
「私の、ばあちゃん?」
「…あぁ。」
そう言う校長の顔はどこか浮かない顔をしていた。僕はなんとなく気になったが、校長室をあとにした。のちのちその理由を知ることにはなるが、今はまだ先のお話。