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第二話 藤太郎と美波、ラブラブデート? 河川敷で謎の少女に遭遇!

《五月二日》

大型連休一日目。清清しい五月晴れだった。

休みの日の今朝もやはりいつものように特製ドリンク(今日はコウモリの糞の粉末を緑茶に溶かしたもの)を振るわれ、即効流しに捨てる。諾右衛門爺ちゃん嘆き寝込む。

「おっはよう!」

 いつもの時間よりは一時間ほど遅いのだが、美波が今日も俺んちにやって来た。下着を返しに着たわけではないだろうし、これはきっと――。

「ねえ藤太郎くん、今からいっしょに映画見に行こう!」

 やはりな。

「うん、暇だからいいよ」

 こんな誘いも拒否るとあとで絶対処刑されるし、家にいても諾右衛門爺ちゃんからゲームに付き合わされるか相撲の良いとこトークばかり聞かされるかだろうし俺は快く付き合うことにした。最初に言っておくが俺と美波は恋人同士ではない。単なるお友達同士だ。だから二人きりで出かけても何のイベントも起きないぞ。先に言っておく。

俺と美波、チャリに乗ってイオンモール徳島併設のシネコンを訪れた。

「美波ちゃん、ホラー物と恋愛物はダメだよ」

 この二ジャンルは、映画でなくとも俺の大の苦手なのだ。

「あれ見ようよ。つい先週公開されたばっかだし私早く見たいの」

 俺は美波が指差したポスターを眺める。

「あのアニメかぁ。なんか乗り気がしないんだけどね……」

 どちらかというと幼稚園児から小学校低学年向けのギャグ系アニメ映画なのだが……まあいいや、時間潰しにもなるし、それに何より美波が喜んでいるから。

「私と藤太郎くん、中学生、いやひょっとしたら小学生料金で入れるかもよ」

「確かにそうかもしれないけど、なんかね。その、後ろめたいっていうか……」

      ☆

「小学生お二人様ですね」

 結局、受付のお姉さんに年齢確認されることも無く、俺と美波はお目当ての映画が上映されるスクリーンへ。こんな映画を見に来るのはせいぜい小学校高学年くらいまでだろうから、俺と美波のことは少し背の高い、(いや小六の平均程度しかないが)小学生にしか見られていないんだろうな。俺と美波は真ん中くらいの座席に座った。最前列だとかえって見えにくくなるためだ。上映前に長々と流されるCM中に俺はぐっすり爆睡してしまっていた。隣の美波はずっとスクリーンに夢中だったようだ。俺はラスト五分くらいのところで、まるで五、六歳児くらいの子を思わせるような美波の興奮した叫び声で目が覚めた。

「めっちゃ面白かったじょ♪ 擬人化したバナナくんシュールで特に最高じゃ♪ 藤太郎くん、またいっしょに見に行こうね」

「暇だったらね」

 上映時間一時間ちょっとの映画、俺は内容ほとんど頭に入ってないが。シネコンを出たあとは、ショッピングも楽しんでモール内のファミレスでランチタイム。

「もしかしたら私達、まだお子様ランチ頼めるんじゃない?」

「いやさすがにそれは無理だろ。いくらなんでも十歳以下には……」

 すると美波は、呼びボタンを押してウェイトレスを呼んだ。

「ご注文お決まりでしょうか?」

 二十秒ほどでやって来た。

「は~い。お姉ちゃん、お子様ランチ二つ下しゃい」

 急に、幼稚園児のような口調に変えた美波。

「かしこまりました。お飲み物はいかがなさいますか?」

「ジンジャエール下しゃい。藤太郎くんは何にするぅ?」

「……俺は烏龍茶でいいよ」

「それでは少々お待ち下さいね」

 ウェイトレスは何の疑いもなくカウンターへと戻っていった。

「ほらね、大丈夫だったでしょう?」

「俺、天ざる蕎麦にするつもりだったのに」

 入館料だけでなく、またもや成功するとは――なんかものすごく気まずい。俺と美波って……そして五分後、

「お待たせしました。お子様ランチでございます」

 本当に運ばれて来たのだ。徳島を代表するゆるキャラ、すだちくんの可愛らしいイラストが描かれたお皿に、日本の国旗の立ったチャーハン、プリン、スパゲッティ。タルタルソースのたっぷりかかったエビフライ、ハンバーグステーキなど定番のもの。その他お惣菜がバリエーション豊富に盛られていた。

「お二人はお友達同士さんね。四年生くらいかな。これ、サービスよ。仲良く遊んで自由研究の参考にしてね」

 ……まあ、小四でも背の高いやつ160くらいはあるからな。シャボン玉セットと水鉄砲までおまけで付けてくれたのだ。何とも言い表しようが無い妙な気分だ。

「ほな食べよう。はい、あ~ん」

 俺の目の前にフォークで巻きつけたトマトスパゲッティを持ってくる美波。

「……美波ちゃん。恥ずかしいからやめて」

なんで高校生の俺達がこんなもの食わなきゃならんのだと思ったのだが、実際食ってみるとなかなか美味いものである。なんつうか栄養バランスがきちんと整っているというか。

昼めし後、イオンモールをあとにした俺と美波は足を伸ばして路線バスを乗り継いで『とくしま動物園』へ。美波はカンガルーやレッサーパンダといったかわいい動物が大好きなのだ。まあ彼女の容姿からすれば確かにイメージ通りだ。見た目だけは本当にいたいけで可愛い。嬉しそうに眺めてデジカメに残していた。

とくしま動物園も目一杯楽しんで、イオンモール徳島の駐輪場へ戻って来た俺と美波は、チャリをしばらく漕いで吉野川沿いの道をわりとハイスピードで進んだ。美波が足腰を鍛えたいからと俺も付き合わされたわけだ。河川敷にも降りてみる。

「今日はとっても暑いし、泳げそうだね」

「あ、美波ちゃん、ガラス瓶とか落ちてるかもしれないし、裸足で歩くと危ないよ」

「いっけない、怪我しちゃうとこだったよ」

 俺が忠告すると、美波は照れくさそうに靴下を履いた。

俺と美波は市民憩いの運動広場としても開放されている河川敷で、あのおまけのシャボン玉を吹いたり水鉄砲で撃ち合ったりして遊んでいた。傍から見れば絶対小学生同士がじゃれあっているようにしか見られてないだろうな。でも楽しいからついついやっちまう。


いつの間にか、空が鉛色に変化していた。

「美波ちゃん、なんか一雨来そうだよ」

「ほんまじゃ、どっかで雨宿りしよっか」

 そんなわけで、俺と美波はついでに軽食も取ろうと思い、近くの喫茶店へ。入店してから一分も経っていないだろうか、案の定天気が急変し、大雨が降り始めたのだ。この時期よくある春の嵐である。外は夜のように薄暗くなっていた。

「そういや午後からお天気悪くなるって言ってたような」

「朝快晴じゃったけん天気予報のおじさま信じずに傘持って無かったよ。間一髪だったね」

 その刹那だった。ピカピカピカッとジグザクに走る稲光その約三秒後、

ドゴォゴォォォーンッ! と強烈な爆音が鳴り響いたのだ。喫茶店一瞬停電すぐ復帰。

「びっくりしたじょ。さっきの雷めっちゃすごかったね。近くに落ちたのかも……ちょっ、ちょっと藤太郎くん」

「あっ……ごめん美波ちゃん」

 その時俺は咄嗟にテーブルの下に隠れ、美波の膝の辺りにコアラのようにしがみ付いていたのだ。俺は高校生になった今でも雷が大の苦手である。

「んもう、藤太郎くんったらいつまでたっても弱虫さんなんだから。よちよちよち」

 美波は俺の頭をなでなでしてくれた。っていうか情けねえ俺。

ほんの二十分ほどで雨も止み再び日差しも出、俺と美波は店から出た。

雷はあれ一回きりで済んだようだ。良かった。

「なんか急に気温下がったみたいだね。さむっ!」

 外は冷たい北寄りの風がピューピュー吹いていた。寒冷前線が通過したんだな。

「上着着る?」

 そう言うと美波は、お買い物袋からイオンモール徳島で手に入れた服を取り出した。

「はい、どうぞ!」

「いっ、いいよ、こんなのは」

 俺に手渡されたのはもろに女の子向けのウサギの刺繍が成された水色の毛糸だったのだ。

「絶対似合うのになぁ」

 美波はちょっぴり寂しそうな表情をしていた。ごめん、それだけはどうしても着られない。俺と美波は再びチャリに乗って川沿いの道へと戻って来た。

「水位がさっきより上がってる気がするし、河川敷にはもう下りない方が良さそうだな」

「ほうじゃね……おや?」

 美波は何かに気付いたようだ。

「ねっ、ねえ、藤太郎くん。あそこ見て」

 美波が指差した、川に向かって右手の方角へと俺は顔を向けた。

「んっ? 何だあれ?」

 ここから二百メートルくらい先であろうか? 何やら人らしきものが見えたのだ。俺と美波は河川敷に下りて、そのもとへと駆け寄った。

「きゃあん、かっわいい!」

「えっ!」

 そこにはなんと、矢絣姿で下駄を履いた女の子が仰向けに、大の字に寝そべっていたのだ。その子は十歳くらいに見えた。美しい小麦色の肌をしていたがお顔を拝見してみると日本人っぽい。しかしこの身なり。

「この子、小学生かな? ええ寝顔じゃ」

「っていうかその前に現代人じゃないような。明治か大正時代の人みたい」

「確かにそんな感じもするじょ。ほなけんどほうじゃとしたら、なんで現代に来れたんじゃろ?」

「さっきの雷の衝撃で、どこかこの辺りに、今俺達がいる時代と、明治時代とを繋ぐタイムスリップ空間が一瞬開いちゃってこの子が誤って転落したとか」 

 事実、このすぐ近くについ先ほどの雷が直撃したであろう焼け焦げた草があったのだ。この辺りに落ちたのは間違いないだろう。

「私も同じようなSFチックなこと考えてたよ。やっぱ気が合うね」

 いや、俺は冗談で言っただけだ。確かに雷は落ちたようだが、それが過去の時代へと繋がる要因になるなんて現実主義の俺には到底考えられない。

「ん?」

 その時だった。その女の子は声を発した。目を覚ましたようだ。

「あっ、どうも。こんばんはです」

 その女の子はむくりと起き上がるなり、俺と美波にぺこりと頭を下げ挨拶した。とりわけ警戒している様子はないようだ。

「こんばんは。あなたのお名前はなぁに?」

 美波は馴れ馴れしくその子に優しく尋ねた。美波は初対面の人でも平然と声かけることが出来るのだ。

「わたしの名前? あれ、えっと、何だったかな? 分からないよ」

 その子は困っているみたいだった。

「生年月日はいつかな?」

美波はさらに質問を続ける。

「えっと、確か明治三〇年の……一月十五日だったような」

やっぱり、本当に明治時代の人なのか? 先ほどまでの言動、そして髪型が今の時代には見られないようスタイルだった。これはもうこの子は明治時代の人だと認めるしかないかな。美波は初めから確信していたようだが俺も。

「美波ちゃん、とりあえず警察でも呼んでこの子を保護してもらおっか」

「ほなけんどこれ、ちょっと状況説明しにくいよね」

 確かにそうだ。明治時代の人が突然二十一世紀の現代に現れたなんて言ったら、きっと俺と美波の方が頭メルヘンな不審者扱いされちまうよな。

女の子は矢絣こそ身に纏っていたもののボロボロに破れかけ露出度が高かった。このままではちとまずいし、それに先ほどの雨で気温も下がっておりこの姿ではかなり寒いだろう。美波はさっき俺に渡そうとした服を手渡すとすぐにその上から着てくれた。

 まあ、情けは人のためならずということもあるし、美波のチャリの荷台にこの子を乗せて俺んちへと連れて帰ったのだ。

 昨日、美波が帰ってから夜遅く、母さん、そして昨夜は家に帰らずそのまま関空へ向かった親父と共に海外旅行へ旅立ち、ゴールデンウィーク最終日前日つまり五日の夕方までは留守というナイスな状況。そのため泊めてやってもいいかなと俺も思っていた。

「諾右衛門お爺様、私今日も来ましたよーっ!」

「ただいま、諾右衛門爺ちゃん。あのさ……」

「おう、おかえり藤太郎、そして美波ちゃーっん。それからんん? こっ、この子は? ……きゃっわいい! ベリーキュート! ボクのニューカマーガールフレンドじゃぁっ!  でっ、でかした藤太郎、美波ちゃん。ようやった、ようやったぞ!」

 諾右衛門爺ちゃんはこの子の姿を見るなり大声で叫び大興奮。

「驚かないで聞いてくれ。この子、明治時代からやって来たみたいなんだ」

「めっ、明治時代じゃと! ボクもまだ生まれとらんよ。アメイジング! そりゃますます萌える。ボクはさっきまで大正時代っぽい雰囲気のギャルゲーやってたがそれよりさらに古のお方にリアル三次元で巡り合えるとは――」

「諾右衛門お爺様、どうかこの子をしばらく泊めてあげて下さい」

「もっちろんOKよ、というかこれからずっとボクんちの子にならんかの」

諾右衛門爺ちゃん断るどころかフィーバーして大歓迎だ。

「本当によろしいのでしょうか?」

「オフコースオフコース。ウエルカム、ウェルかめトゥザ二十一世紀。ナイスツーミーツー、マイネイムイズダクエモン。あっ、そういやこの時代じゃともう現代語でも通じるわな。このボクと抱き合おう。これが、今の時代の挨拶の仕方なのじゃよ」

 この子に抱きつこうとした諾右衛門爺ちゃん。しかしいつも思うが英語の発音悪っ。センス0だ。

「きゃあああああああっ!」

 この子は怯えた表情で諾右衛門爺ちゃんの頬目掛けてパチンッと平手を打った。先ほどからずっと警戒していた気持ちは分かる。

「アウチ!」

 この子のもみじのように小さな手の型が諾右衛門爺ちゃんの頬にくっきりと付いていた。見事にクリティカルヒット。

「あっ、ごめんなさい諾右衛門さん」

「おお、とっても元気でパワフルな子じゃ。ますます好きになってしもうたよ。サンキューベリーマッチ」

 こうされても諾右衛門爺ちゃんは大喜び。まあこれはある意味正当防衛である。よって女の子は無罪。その直後、さっきので無駄なエネルギーを消費したのかこの子のお腹から大きなグ~の音が響き渡った。

「あっ、恥ずかしい」

 この子は少し頬を桃色に染めた。なんかちょっと現代の女の子らしさも垣間見える。

「お腹空いてるのね?」

「はっ、はい」

 美波に尋ねられるとこの子はこくりと頷いた。

「そんじゃとりあえず自称一流シェフのボクが最高級の手料理をご馳走してあげよう。ハサミムシの天ぷらとテントウムシの姿焼きとそれから……」

 ちょっと待った諾右衛門爺ちゃん。そんなもの食わせたら明治時代の子でも絶対腹壊すぞ。つーか昆虫さん達に謝罪しろ。とりあえずラーメンやらお好み焼きやらインスタント料理を作ってあげた。ちなみに美波も料理が壊滅的に出来ないのだ。仮に出来たとしてもきっとあの激辛料理しか作らないだろうからな。この子は満面の笑みを浮かべながらズルズルズルッと豪快に音を立てて現在の食品を味わっている。

「美味しい?」

「はい! 最高です藤太郎さんの手料理」

 この子は、七・八人前はあったのをあっという間に全て平らげてしまった。俺も、美波も、諾右衛門爺ちゃんもびっくりだ。

「そういえばあなたは、お名前忘れてるんだよね。私がつけてあげるよ」

「そりゃグッドアイデ~アじゃのう美波ちゃん」

「ちょっ、ちょっと二人とも、ペットじゃないんだし」

「ありがとうございます」

 俺は気が乗らなかった。けれどもその子は嬉しがっているようなので結局俺もいっしょに考えることにした。

「う~む。何にしようかの。梶之助か喜三郎か緑之助か雷五郎か久吉か万右エ門か……」

 諾右衛門爺ちゃん、それ、全部歴代横綱の名前じゃねえか。却下。

「女の子やけん、お花の名前にしようよ!」

 美波の提案したそれが妥当だな。

「え! ボクのネーミングは?」

「没!」

「諾右衛門お爺さま、この子は歴とした女の子なんじょ。そんなますらをぶりなお名前つけちゃかわいそうじゃ」

「はーぃ」

 諾右衛門爺ちゃんはがっくり肩を落とし、しょんぼりした表情で自分の寝室へ。これで邪魔者は消えた。

「ごめんね、諾右衛門爺ちゃんが変な名前つけようとして」

「あっ、いえ。わたし気にしていませんから。例えば高浜虚子さんとか、男の方ですが女の方のような雅号ですし」

 内心ちょっと嫌がっているようだった。

「藤太郎くん、ここは徳島県やけん……スダチでいいかな?」

「単純だけどそれが良さそうだね。かわいい名前だし」

「よしっ、決定! 今からあなたのお名前スダチちゃんね」

「嬉しいです。ハイカラなお名前を付けて下さり、誠にありがとうございます」

 この子はとっても喜んでくれたようだ。

「そうだ。スダチちゃん体砂で汚れてるし、お風呂入らない?」

 美波は勧める。風呂は諾右衛門爺ちゃんが既に沸かしてくれていたようである。

「では、お言葉に甘えて」

 スダチは申し訳なさそうにするも、微笑み顔を浮かべていた。

「現代式のお風呂の入り方分かる? 良かったら私と入らない?」

「そっ、それはダメです。恥ずかしいです」

 肩を掴まれたスダチは頬をカァッと赤らめ、美波の手をパシッと払いのけ一人でスタスタ風呂場へと向かった。 

「ふくらみかけのおっぱい見られるのが嫌なのかな? ちっちゃい私よりさらにちっちゃいけどやっぱ同い年くらいなのかな?」

 当時の発育状況を考慮するとそれも不思議ではないと思う。現代人の俺と美波ですらこの有様なんだし。

十五分ほどして、スダチは恍惚の表情を浮かべて戻って来た。

「スダチちゃん、藤太郎くんちのお風呂めっちゃ快適じゃろう?」

「はい」

「良かったねスダチちゃん、きれいになったらますます可愛く見えるよ。萌えキャラだーっ。ネコミミカチューシャ付けてあげるぅーっ」

「美波ちゃん、やめてあげなよ」

「わあ、これとってもかわいいですね」

 スダチはその物体に目を向けた。

「気に入った? ほなこれ、スダチちゃんにプレゼントするよ」

「いいの?」

「もっちろん!」

「ありがとう美波ちゃん。わたしの宝物にするよ」

 スダチは嫌がっていなかった。むしろ満面の笑みを浮かべ、かなり嬉しそうにして、さっそく被ってみたのだ。

「どういたしまして。これは今の時代の流行り物なんじょ。ほな私、今日はもう遅いけんそろそろお暇するね。ばいばいスダチちゃん、藤太郎くん。また明日ぁーっ」

美波が帰ったあと、俺はとりあえずスダチにテレビ番組を見せてみた。当然明治時代はそんなものは存在してないし、どんな反応を示すのか試したかった。

「面白いですねえ」

 正座して大喜びで笑いつつ徳島銘菓、金露梅を頬張りながら画面を眺めるスダチ。俺はてっきり怖がって逃げ出すと思ったのだが。そういやさっき美波のデジカメやスマホ見ても驚いた様子は見せ無かったな。明治時代の人がテレビ(しかも地デジ対応最新式ハイビジョンプラズマ)を視聴する。俺達現代人が例えばタイムマシンに乗る以上になんとも奇妙な光景ではあるのだが。          

《五月三日》

諾右衛門爺ちゃん、昨日のショックからまだ立ち直れず今朝は特製ドリンク作り中止。スダチに悪影響与えるかもしれないからそれで良し。

大型連休二日目の今日は俺と美波で、スダチを眉山や徳島駅前のそごう、美波がよく行くアニメイト徳島店とユーフォーテーブルカフェにも訪れた。ちょうどマチ★アソビ開催中ということもあってか、スダチはとっても喜んでくれた。ちなみに諾右衛門爺ちゃん、俺達が帰る頃にはすっかりカムバックしていた。               

《五月四日》

今朝は珍しくまともなドリンク(それでもコーラにマヨネーズだが)だったので俺は飲み干してやった。まずっ! 

ご満悦な諾右衛門爺ちゃん家に残し、俺と美波はスダチを、二日前にも訪れたとくしま動物園へ連れて行ってあげた。スダチはすごく喜んでくれたし、俺も美波と二人きりでいるよりは居心地良かった。今日までにスダチはスマホやパソコンの使い方や、HDDレコーダーの操作方法をマスターしてしまっていた。もはや諾右衛門爺ちゃん以上に急速に現代人へとより一層近づき、明治時代の人らしさというのがほとんど感じられなくなっていた。この様子だとますます現代生活に馴染んでしまい、もし帰れたとしても明治時代の不便な生活に戻りにくくなってしまうのではと、少し心配である。

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