甘ったれな青春
「オミくん」
柔らかな輪郭を持つ声が俺を呼んでいる。
「オミくん」
目覚ましのように淡々とした、一定の感覚で俺を呼んでいた。
「オミくん」
重い瞼を押し上げ、声の主の方へと視線を動かせば、ぼんやりと滲む視界の中に、こちらを見つめる一人の姿。
長い前髪の隙間から覗く黒目が、俺を移していることを確認して、俺は真っ白い天井を見た。
「オミくん。倒れたって」
俺を呼んでいた声が、そう言って、小さく息を吸いこんでから「貧血で」と付け足す。
それら言わなくて良かった、と思うのは仕方の無いことで、女子ならまだしも俺は男だ。
貧血で倒れるって、なんて思いながら額に手を当てる。
そんな俺を見ているにも関わらず、珍しいよね、なんて言ってくる声の主は、それなりに付き合いの長い幼馴染みだった。
だからこそ、珍しい、と言うのも頷けるが、ある意味傷口に塩を塗り込むのと同じだと気付け。
「何してたの?」
「……テトリス」
先程から変わらない声音で続けられた言葉に、間を挟みながら答える。
テトリス、オウム返しが聞こえたが、お前だってやったことあるだろう、と思う。
落ち物パズルの元祖たるテトリスを知らない人間の方が少ないだろう。
「落ち物パズルは、半永久的に遊べる」
「いや、そうだけど。うん、そうだね」
腕を退けて幼馴染みの方を見れば、声と同じで表情を変えていないが、首を捻っていた。
サイドで結い上げられた髪も、その動きに合わせて揺れる。
倒れたのが一限の集会だったので、今は丁度一限終わりと二限始まりの間の、短い休み時間だ。
スピーカーから聞こえてきた予鈴に、幼馴染みが視線を向けるが、また首を捻る。
「戻る?」
ゆるりと向けられた視線に、二限が体育だったことを思い出し、間に合わないだろうと思う。
未だに保健室のベッドの上で、着ているものは制服だ。
体育に出るならば、ジャージに着替えなくてはいけなくて、予鈴が鳴ったということは、殆どの生徒が着替えを終えて体育館にでも集まっている。
「いや、寝る」
首を振って薄いシーツを引き寄せる。
すると、それもそうだ、なんて独り言のような幼馴染みの呟きが聞こえ、何故か足元のシーツを捲られた。
外気に晒され、直ぐに両足を擦り合わせる。
驚いて幼馴染みの顔を見たが、無表情で真顔で、何を考えているのか分からない顔だ。
持ち上げたシーツをそのままに、俺の「何してんの」に首を捻り「一緒に寝ようと思って」の言葉に頭が痛くなった。
寝不足から来るものなのか、単純に幼馴染みのぶっ飛んだ、頭のネジの外れた発言のせいなのか。
待てコラ、と言うよりも先に、上履きを脱ぎ捨てた幼馴染みが、するりとベッドに入り込んでくる。
「出ろ。暑苦しい」
「まぁまぁ」
「まぁまぁじゃねぇって、オイ」
背中合わせになって目を閉じる幼馴染みに溜息が出る。
むしろ溜息が止まらない。
しかし、この後、二限終わりにやって来た担任が二人揃って同じベッドで寝ているのを見て、説教されることになる。
……解せぬ。