7話 助けに来たよ
振り向くと小さな穴から光が差し込んでいる。覗き込んでみれば日はてっぺんを通り過ぎて沈みつつあった。
神が言うにはコトハの処刑は今日の夕刻らしい。あまり猶予はないようだ。
均等に並んだ鉄格子に手をかけると力を込めてその隙間を大きく広げていく。
そして人が通れる大きさまで広がると俺は外に出た。
「おい! お前何を。 脱獄だ!!!!! 人を呼べ。」
レンガ造りの薄暗い通路に男の声が響き渡る。声のする方へ視線をやると男2人が俺を凝視していた。
1人のやせ型の男は冷静に状況を把握するとすぐに横の大柄の男へと指示を出している。
ここで人を呼ばれると余計に時間がかかってしまうのは明白だ。
俺はすぐに距離を詰めようと走りだす。距離にして100m。16秒程度で到達できるだろう。
だがそれだと大柄の男に増援を呼ばれてしまう可能性が高い。16秒で接敵できても敵からしたら16秒も猶予があるのだ。
だから神様からもらった力を解き放つ。足に命一杯の力を込めてまずは増援を絶つべく大柄の男目がけて突進する。
「て。おおぉ。うわあああああああああああああああああああああああああああああ。」
早く相手に近づこうと地面を蹴った次の瞬間には大柄の男が目の前にいた。
このままではぶつかるとすぐに急停止するべく足を地面に突き立てて制止を試みるが止まれない。
自身を守るため反射的に手を伸ばすと男の胸に触れたあたりで何とか止まることができた。
急な挙動なためにバランスを崩して尻もちをついた俺は驚きを隠せない。
遅れてジェット機が通り過ぎたような爆音が背中から追いかけてきて目の前の男は忽然と消える。
ただ目の前の壁には大穴が空いており猛烈な暴風がその穴目がけて吹き抜けていった。
確かに能力を使ったがあまりにも人間離れしていた。
「えっ? 何が? 」
やせ型の男は両耳を押えていたが遅れてきた暴風に吹き飛ばされて壁にへたり込む。
そして突然の出来事に戸惑い俺と相棒のいた場所を見ては狼狽えている。
俺は男の気が動転している内に立ち上がると距離を詰めた。
そして今の俺にとって必要な情報を問いただす。
ちょうど今の突進が良い脅しとなってくれるだろう。
「おい。コトハは夕刻に処刑される。合ってるな!」
まず俺が確認すべきは神の話が本当かどうか確認し情報が正確か確かめることだ。
もしも時間が間違っていて間に合いませんでしたという悲惨な状況は避けたい。
焦りと怒りが入り混じる俺は鬼神迫るものがあったのだろうか。
男は怯えた様子で金魚のように口をパクパクして言った。
「ことは? あぁあの異教徒に身を売った淫乱聖女か。そ、そうです。夕刻に広場で。ひぃぃぃ。」
今や世間の認識は聖女コトハではなく異教徒《俺》と共に役目を放棄した忌むべき存在なのだろう。
だがお前たち《民衆》のために働き続けた彼女を何もしていないお前たちが糾弾する事は許されない。
少しでも教団に疑問を持てば真実を知る事は容易だったろうに。
「そうか。」静かな怒りを胸にそう答えると俺は男の頭を片手でがっしり掴むと持ち上げる。
普通の人間なら相当な握力と腕力が無ければ成し得ないことだが今の俺ならリンゴを持ちあげるようなものだ。
「や、やめてくれ。殺さないで…… 。」
恐怖に表情を歪ませ懇願する男。
何が俺の琴線に触れたのかわからずただただ俺の気迫に気圧されて声を震わせた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ。」
そんな男の頭を真横の壁にぶつけて俺は牢屋を後にする。
コトハを侮辱したことに怒りを覚えたのもそうだが俺が去った後あの男に増援を呼ばれても厄介だ。
可及的速やかに障害を排除するには殺すしか俺に術はなかった。
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また1つ罪を増やした俺は心の奥にチクリと痛む気がして胸を押さえる。
心臓が破裂しそうに脈打ち肺が悲鳴をあげている気がする。
それが走ることによって生じた内臓の悲鳴なのか。罪悪感による心の悲鳴なのかはわからない。
だが歩みは止めず疾風のようにひた走る。
石作りの建物がその輪郭をぼかしながら流れてゆく。
塗装されていない道は石や穴でデコボコしている。
時折足を取られそうになるが力ずくで態勢を戻すとまた駆けていく。
通り過ぎる風景の中廃れた町のような静けさで町の人をあまり見かけないことに気が付いた。
どうやら聖女様の処刑は娯楽の少ない彼らにとってビックイベントのようだ。
「待ってろよ。コトハ。」
何度目かの呟きと共に歯を食いしばる。今は一刻も早く広場へと焦る心が急かすのだった。
妹の時のように着いたら事切れていたではせっかくの力も意味がない。
今度こそ助けるんだ!
狭い道を抜けると急に開けた場所に出た。
大勢の人が円を描くように立つと中心の見せ物に向かって怒りと憎らしさを混ぜた感情をぶつける。
そして大罪人の聖女様が自分たちの前で処刑されるのを今か今かと待っていた。
民衆たちの興奮と高まりを肌で感じながら視線を皆が注目している場所へと向ける。
即席で作られたのであろう木製の壇上の上に縄で両手を縛られたコトハと、
満面の笑みで民衆へとあいさつ勇者ハヤトの姿が目に映る。
刑場の中心にはギロチンが置かれその上部には禍々しい光を反射した大きな刃がある。
俺のいる場所ではコトハのいる処刑場まで距離がある。一気に距離が詰められない。
ただ視界に入ったその光景にまだ何もできない自分が恨めしい。
「これより大罪人である18代目聖女コトハの処刑を執り行う。
この女は神にその身を捧げる役目を追いながら異教徒と共謀して"鎮神の儀"から逃げた。
我らアルトの民を見捨てたその罪。決して許されるものではない。」
ハヤトは勇者らしく聖女の処刑する理由を"それっぽく"述べていく。
その話し方は迷いなくきっぱりと言い放った。奴にとって断言した事柄が嘘であろうがどうでもいいのだろう。民衆に真実であるように信じさせれば良いのだから。
きっと生粋の嘘つきなのだろう。それでいて弱虫なのだろう。
堂々と言い切る自信と魔王を倒すほどの力を持ちながら処刑場にいる騎士の数は多かった。
まるで何かに怯える草食動物が肉食動物の脅威から逃れるために群れを作るように、
奴の周りにはお抱えの騎士たちが護衛に着いてコトハの処刑に万全を期している。
「異教徒と駆け落ちして私たちを見捨てた人でなし。」
「祈りもまともにできない怠け者。」
「俺たちの税金で無駄飯食いやがってこの糞女。」
「お前のせいで私の家族は魔物に襲われたんだ。死ね!」
「異教徒に股を開いた淫乱女め。」
民衆から口々に汚い罵声が発せられ広場に響き渡る。多くが聖女に対する怒りと恨みの言葉ばかりだった。
こんな言葉を聞いたらコトハどう思うだろう。きっととても傷つくだろう。
しかも心無い者はコトハ目がけて石やゴミを投げつけている。
殆どが彼女には当たらず明後日の方向へと飛んでいく。だが中にはコトハに命中することもある。
せっかく治癒したのであろう綺麗な身体にまた傷が増え、彼女が痛みに悶え苦しむと民衆から歓声が上がった。
俺は思う。もうここにはゴミカスしかいないんだとあの心優しい彼女を見よともせず貶すだけの悪魔なのだと。もしコトハを救う邪魔をするならこいつら全員殺してやると心に誓って足を進める。
「皆の怒りはわかる。僕もとってもこの元聖女が憎い。
だがこの罪人は報いを受ける。さぁ皆括目せよ。」
ハヤトは部下の騎士たちに手を挙げて合図を送る。
するとコトハの横にいた騎士2人が彼女を無理やり引きずってギロチンまで運ぶ。
彼女は胸のあたりをぎゅっと掴んで離さないでいると騎士に無理やり引きはがされ台座に手を縛り上げる。
そしてギロチンにコトハを固定すると髪を無理やり引っ張ると民衆にその表情を見せつける。
希望というものが無くなって青ざめたコトハは悲しみを堪えきれずに咽び泣く。
彼女の表情を目に焼き付けながらようやく俺はコトハの場所まで跳躍できる範囲に入った。
両足に力を込めて地面を蹴ると大空へ駆けあがる。
そしてゆっくりと頂点に達すると一気に下降する。
コトハを目がけて真っすぐと。
「誰だ!」と叫ぶ声が聞こえる。土煙が舞い上がり皆の視界を奪った。
俺の着地と同時に処刑場は崩れ落ちクレーターが出来上がった。
多くのモノが舞い上がる中俺はすぐに彼女を見つけると優しく包み込むように抱える。
もう二度とこんなつらい目には合わせない。
そう決意が宿った目で言った。
「コトハ!」
優しく見下ろせばコトハは色のない表情から一変して喘ぐような呼吸で俺に抱き着いた。
そこには安堵や驚きの感情が混ざり合いまぶたからボロボロと涙が零れ落ちては止まらなかった。
感極まった様子で嗚咽の声を漏らして言った。
「純さん。純さん…… 。無事でよ゛がっだよ。」
鼻水をすすりながら泣き叫ぶ。
もう一度強く抱擁すると状況を確認するために言った。
「ああ。俺は無事だよ。コトハも大丈夫か?」
首をぶんぶん振ると感情が爆発したように捲し立てる様に言った。
「大丈夫じゃないよ! もうつらくて怖くて痛くて。」
「そうだな…… 。」俺はそう呟く以外にかける言葉が見つからなかった。
そう全ては無力だった俺のせいなのだから。
「なんで。なんで早く助けてくれなかったの! 神様の遣い様じゃないの!
私つらかったんだよ。全身傷みつけられてもう死にたいと何度思ったか!」
溢れ出す色々な感情に自分が何を思っているのかよくわからず俺に当たっているようだった。
いつもの彼女なら人を責めるようなことは決して言わないだろう。
そんな彼女が言わずにはいられないのだ。それくらい辛い思いをしたのだ。
だから彼女の言葉に怒ることはできなかった。
「ごめん。俺もそう思う。」
もしあの時今のような怪力《神からの異能》があったらコトハがこんなつらい目に合う事はなかっただろう。
「神様に依頼されてここに来たんでしょ? もういいの私は疲れたよ…… 。」
俺にも非があったと思うだからどんな言葉も聞き入れようと思っていた。
だが最後の言葉は聞き捨てならない。悲壮感を漂わせて全てを諦めたような視線で言ったその言葉に俺は心の奥底が熱く重苦しくなる。
「そんな事間違っても言うじゃない! それに俺は自分の意志で。
コトハを助けたいと願ってここに来たんだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
あまりの気迫にはっとなった様子でコトハは冷静さを取り戻したようだ。
少し自身の行いを恥じるように伏し目がちになって謝罪した。
「ご、ごめんなさい。私無神経なひどいこと言った、ね。」
「気にしてないよ。でも誓って言わせてもらう。ここにいるのは俺の意志だ。
そしてお前は俺の大切な存在なんだ。二度と死にたいなんて言うんじゃない。」
凛として言い放つその言葉にコトハは恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
そして自身の顔が赤くなっていると気が付いたのか両手で覆い隠すと指の隙間からその深紅の可愛らしい瞳を覗かせて力強く頷いた。
「うん。」
最後まで御覧頂きありがとうございます。
# 次回更新は06/04 3時頃です。




